冷遇された闇王女は、隣国の王に愛される

 セレーヌに案内され、ライラは王城の中を歩いていた。ノクティス王城は、ソレイユ光国の王城とはまた違う美しさがあった。

 ソレイユ光国のようは白亜の壁や金糸で彩った煌びやかな装飾ではなく、落ち着いた色合いの家具や壁は馬車から見た王都を思い出した。そこに派手さはない。けれど、静かで落ち着く雰囲気だった。

「こちらが、ライラ王女殿下のお部屋でございます」

 一つの大きな扉の前でセレーヌが足を止めた。

「……」

 ライラは、しばらくその立派な扉を見つめていた。

「どうかなさいましたか?」
「あ……いえ」

 セレーヌの問いにライラは慌てて首を振る。

「その……失礼しました」

 その様子にセレーヌは少しだけ首を傾げたが、何も言わず頷いた。セレーヌの意を受けた侍女たちが扉を開く。

 そこには、広々とした部屋があった。

 大きな窓からは手入れされた中庭が見えた。室内には柔らかな色合いの家具と美しい花が飾られた机と柔らかそうなソファがあった。

「婚姻の儀が済むまでは、こちらの客室を使っていただくことになります。もちろん、気に入らないところがあれば、いつでもお声をかけてくださいませ」
「……これが、私の、部屋……ですか……?」

 ライラは目を見張って思わず呟いた。

「はい。どうぞ、ご自由にお使いくださいませ」

 優しく答えたセレーヌに導かれるように、ライラは部屋の中へ足を踏み入れた。
 何もかもが、自分のために用意されている。それが信じられなかった。

「……こんなに、素敵なお部屋を……良いんでしょうか?」

 小さく漏らした言葉に、セレーヌの表情が僅かに曇る。ソレイユ光国から来る王女のために心を尽くして部屋を整えたつもりではあった。けれどソレイユ光国とノクティス王国では国の豊かさが違う。常に魔物との戦いに備えているノクティス王国では、ソレイユ光国ほど絢爛に室内を整える余裕はなかった。
 それなのに豊かなソレイユ光国から来た王女であるライラは、この部屋を素敵だと言うのだ。
 
「ライラ王女殿下」
「はい」
「……失礼を承知でお聞きしたいのですが」

 セレーヌは少し迷うように言葉を選んだ。

「ソレイユ光国では……どのようなお部屋を?」

 ライラは少し考える。なぜそんなことを聞かれるのか分からず首を傾げる。

「私の部屋ですか?」
「はい。……このお部屋に不足がないかと思いまして」
「こんな素敵なお部屋に足りないものなんてありません!」
「……そうですか、それは安心いたしました。けれど何か欲しい物がございましたら、いつでもお声掛けくださいね」

 ライラの言葉にセレーヌは切なくなりながらも微笑んだ。本来のソレイユ光国の王女なら不満しかない部屋だろう。それを不満に思わない生活を彼女(ライラ)はしてきたのだ。
 セレーヌの悲しみはライラに隠しきれたのだろう。彼女は嬉しそうにセレーヌや部屋を見て笑っていた。

「……ライラ殿下」
「はい」
「ここでは、欲しいものがあれば何なりと仰ってください。困ったことがあれば、必ずお伝えください。全てを叶えることは出来ないかもしれません。けれど、伝えて頂きたいのです」
「でも……」
「ライラ殿下は控えめで優しいお方なのでしょう。けれど王妃陛下となる方の望みを臣は知りたいと思うものなのです」

 その言葉に、ライラは困ったように俯いた。

「……難しいですね……誰かに頼ることは……今まで、したことがなくて……」

 セレーヌは頷いた。きっと彼女には難しいことなのだろう。それでも、この優しい王女に少しでもワガママになって欲しかった

「では、少しずつ覚えていきましょう」
「……え?」
「ライラ殿下が、この国で幸せに暮らす方法を」

 ライラは目を見開いた。
 幸せになる方法――そんなものをソレイユ光国で考えたことなどなかった。

「……はい」

 それでもライラは頷いた。この国でなら、それを見つけられる気がしていた。


────

  その夜、ルシアンは執務室で、一人書類に目を通していた。けれど、いつもなら淀みなく動くペンは止まったままだ。
 そこに静かに男が現れた。ルシアンの側近であり魔法師団長でもあるカイルだ。

「陛下、王女殿下の件ですが。ソレイユ光国では冷遇されていたようですね」

 ソレイユ光国からライラに着いてきた侍女たちに金を握らせたら、あっさりと白状した。元々、ライラに忠誠心もない者たちだ。複数人に別々の者が金を握らせたので嘘もないだろう。
 
「ああ、やっぱりそうか」
 
 短く答えてルシアンは窓の外へ視線を向けた。
 ソレイユ光国は豊かな国だ。
 そこから来た王女が、侍女がいることに礼を言った。自分のために用意された部屋を見て、驚いた様子だったとセレーヌから報告があった。

「彼女は……あの国で、どんな風に扱われていたんだろうね?」

 その呟きに、カイルは答えなかった。ただ、同じ疑問を抱いていたからだ。
 先ほどのライラの姿がルシアンの脳裏に浮かぶ。

 自分を王女ではなく、まるで罪人のように扱う少女。侍女が付くことを喜び、部屋を用意されたことに戸惑う少女。
 
「……ソレイユ光国は光神教の総本山だからね。闇属性の彼女には辛かったと思うよ」

 光神教は光神ソレイユを崇める宗教だ。
 かつて世界は闇に包まれ魔物に溢れていた。人々は祈った。どうか魔物に恐れずに済む世界が欲しいと。そこに光神ソレイユが現れ、一人の少女に力を与え、光と闇を分かつ結界を作り出した。力を与えられた少女は聖女と呼ばれソレイユ光国の祖となったという。

 その由来から光属性を尊ぶと言えば聞こえは良いが、闇属性に対しては過酷な宗教だ。しかも光属性の姉王女がいる。闇属性を持つ彼女は、さぞかし辛い日々を送っていたのだろうとルシアンは心を痛めた。

「普通なら、他国へ嫁ぐことに不安や不満を抱くものだろう。ましてや我が国は魔境の国――魔の森と接している訳だしね」
「はい」
「けれど彼女は違った。……それが痛ましく感じるよ」

 ライラは不満を口にしない。期待もしない。ただ、与えられた役目を従順に果たそうとしている。それが美徳なのではなく、そうすることしか知らないように見えた。

「……カイル」
「はい」
「ライラ王女について、もう少し調べてほしい」

 カイルは僅かに頷く。

「……陛下。王女殿下について一つ、気になることがあります」
「何だ?」
「ライラ王女殿下の属性です」

 ルシアンが振り返る。

「……闇属性なのは間違いありません」
「ああ」

 魔法師は同属性のものを感知することができる。闇属性のカイルがそう言うならば、ライラは闇属性なのだろう。少ないとはいえ光属性のあるルシアンにも彼女の属性の色が見えた。それは側近であるカイルと同じ闇属性の色をしていた。

「ですが……何かが違うような気がするのです」

 カイルは自身の手を見る。黒い魔力が僅かに揺らめいていた。

「お前がそんな風に不確かなことを言うのは珍しいね。心に留めておくよ」

 ルシアンは黙り込み窓の外を見た。王都は静かな夜に包まれていた。そのことに安堵しつつ、その平穏が長く続かないことをルシアンは知っていた。

(それでも今夜くらいは……)

 彼女が安らかに眠れるようにと祈るようにルシアンは思った。