冷遇された闇王女は、隣国の王に愛される

 7日間の旅を終え、ライラを乗せた馬車はノクティス王国の王都へと入った。

  窓の外に広がる景色を見て、ライラは静かに息を呑む。ソレイユ光国とは、まるで違う。

 白い石造りの建物が並ぶ光国に対し、ノクティス王国の街並みは落ち着いた色合いで統一されていた。闇夜を思わせる黒や紺の屋根と灰色の石畳が整然と王城まで続いている。

 けれど、不思議と暗い印象がないのは街が活気に満ちているからだろ。輿入れするライラの馬車を一目見ようと民たちが街路に押し寄せていた。その顔は皆、明るい。

「……これが魔境の国?」

 ライラが思わず呟いた言葉に、同行していたソレイユ光国の侍女は何も答えなかった。そもそも旅の間だけの関係だ。誰一人としてライラとノクティス王国へ残ろうと言う者はいなかった。

(ノクティス王国へ見送るだけの侍女を探すのも大変だったと王妃様が言っていたわね……)
 
 魔物が多く出現する土地。闇の魔力が濃い国。ソレイユ光国でライラはそう教えられてきた。

 やがて馬車は王城へと到着した。ライラは緊張しながら降り立つ。

(きっと、ここでも同じでしょうね……)

 闇属性を持つ王女。期待していた光属性を持つ姉の代わりに送られた存在。歓迎されるはずがないとライラは、そう思っていた。

 けれど。

「ようこそ、ノクティス王国へ」

 出迎えた青年の声に、ライラは顔を上げた。

 銀色の髪と淡く美しい青色の瞳。冷たい印象を与えるほど整った容姿をしているのに、その表情には穏やかな笑みが浮かんでいた。

「俺はルシアン・ノクティス。このノクティス王国の王だ」

「……ライラ・ソレイユです」

 彼が夫となるノクティス国王だと知ってライラは慌てて礼を取った。

「この度は、私のような者をお迎えいただき、ありがとうございます……」

 そこで言葉が詰まった。何を言えばいいのか分からなかった。

 姉の代わり。
 不要な王女。

 ソレイユ光国で言われ続けた言葉が脳裏で反芻される。そんな扱いに慣れていたはずなのに、ノクティス王国でも、そう言われるかと思うと怖くて、ライラは顔をあげられなかった

「顔を上げて、ライラ王女」

 労わるような優しいルシアンの声に促されてライラは顔を上げた。ルシアンは少しだけ眉を寄せていた。
 
(……なにか、失敗、してしまった?)

 それはルミナリアがライラに失望した時に見せる表情にも似ていて……ライラは身を震わせた。その様子をルシアンが傷ましそうに見つめる。

「我が国は君の祖国より危険な場所だ。そのような場所に来てくれたことに、まずはお礼を。ありがとう、ライラ王女」

ライラは目を見開いた。

「……私なんかに、お礼を……?」
「私なんか、と言うのはいただけないねライラ王女。君は、危険なこの国に嫁ぐことを決めた勇敢な女性だよ。そして俺は、君のその決意に感謝したいし、お礼を言うのは当然だろう?」

 ルシアンが柔らかく微笑みながら告げた言葉にライラは返す言葉を失った。

(お礼を言うのが、当然……?)

 そんな風に言われたことは、一度もなかった。ソレイユ光国で侍女のように働いていた時に王妃やルミナリアから感謝されたことはなかった。ありがとうなんて言葉を貰ったことはなかった。

「ライラ王女?」
「あ……」

 ルシアンの声にライラはハッと我に返った。

「……申し訳ございません……その……こちらこそありがとうございます」

 小さく頭を下げると、ルシアンは少し困ったように笑った。ライラの辛い半生が見えてしまったような気がした。

「さて、こんなところで長々と立ち話というのも良くないね。長旅で疲れているだろうけれど、良ければ一緒にお茶でもどうだい?」
「え……あの……」
「もちろん、休息を先に取るようなら部屋は準備できているよ。どうする、ライラ王女?」

 自分で何かを選ぶ経験がなかったライラは、どう答えればルシアンが不快にならないかと答えを探した。そんなライラを見兼ねてか、ルシアンの後ろに立っていた側近たちの中から一人の女性が進み出た。
 
「そのように矢継ぎ早ではライラ王女殿下もお困りでしょう、陛下」
「セレーヌ……ライラ王女、彼女はセレーヌ。あなたの筆頭侍女を務めてもらおうと思っている」
「お初にお目にかかります、ライラ王女殿下。本日より殿下のお世話をさせて頂きます、セレーヌ・アストレアにございます。どうぞお見知り置きを」
「……私の、お世話を?」
「はい」

 セレーヌは優しく頷いた。

「まずは長旅でお疲れでしょうから、お休み頂いた方がよろしいかと思いますわ、陛下」
「……そうだな」
「それでは、ライラ殿下をご案内いたしますね」

 ライラは戸惑ったままルシアンを見る。

「私に……侍女まで? ありがとうございます、国王陛下」

 その一言に、その場の空気が一瞬だけ止まった。
 侍女が付くことなど、王族であれば当たり前のことだ。
 けれどライラは、本気で驚き感謝していた。

(……ソレイユ光国で、彼女はどんな暮らしをしてきたのだろう?)

 その疑問を口にすることはなく、湧き出た苛立ちを隠すようにルシアンは貼り付けたように微笑みを浮かべた。今、問いただすことではないし、彼女を怯えさせたくはなかったからだ。

「お礼は不要だよ。君は、この国の王妃となるのだから」

 ルシアンは穏やかな声と笑みで答えた。