冷遇された闇王女は、隣国の王に愛される

その日、ソレイユ光宮の晩餐室には3人分の豪華な食事が並べられていた。

「今回も良く無事に勤めを果たしたな、ルミナリア」
「さすがソレイユ光国の王女ですわね、誇らしいこと」
「まぁ、お父様、お母様。当然のことをしたまでです」

 輝くような金髪を持つルミナリア王女が、春の陽だまりのように柔らかく微笑んだ。それをソレイユ光王と王妃は嬉しそうに見つめていた。

 ルミナリアはソレイユ光国でも随一の光魔法の使い手だった。先日も結界が綻び魔物が出た辺境の地へと遠征し、結界の強化を行って帰城したところだった。侍女や民にも優しい彼女のことを、聖女と呼ぶ者も多い。

「全く、少しはアレにも見習って欲しいこと」
「まぁ、お母様、それは酷というものですわ。あの子は闇属性しか持たないのですから」

 王妃の呟きに、ルミナリアは悲しげな微笑みを浮かべる。

 その時、晩餐室の扉が開いた。

 現れたのは、一人の少女だった。
 漆黒の髪と瞳を持つ、まるで夜の闇をその身に宿したような少女。けれど、その姿は王女と呼ぶにはあまりにも質素だった。

 着ているドレスは何度も仕立て直された古いもの。王女でありながら、専属の侍女すら与えられていないライラは、自分で身支度を整えるしかなかった。しかも、今日の晩餐の時間を彼女は知らされていなかったのだ。

 直前になって呼びに来た侍女から告げられ、慌てて支度をし、ようやく辿り着いたのだった。

「ようやく来たか、ライラ。間も守れぬとは」
「……遅くなってしまい、申し訳ありません、お父様……」

 光王は不機嫌そうに眉を寄せた。
 ライラは反射的に俯く。
 自分が遅れた理由を説明しようとは思わなかった。
 言ったところで、言い訳にしかならないと知っていたからだ。

「まぁ、猊下に対して、随分と図々しいこと」

 俯くライラを王妃が冷たく責めた。

「……失礼いたしました、王妃様、光王猊下……」

 晩餐室に、ライラの席はない。
 立ったままの彼女を見たくもないというように、王妃は視線を外した。年々、母親に似ていくライラを見るたびに、忌々しさが募る。

 ライラの母は、かつて王妃が信頼していた侍女だった。だからこそ、尚更に憎らしかった。光王と侍女の裏切りが、昨日のことのように思い出される。

 あの日、王妃は侍女を処分し、ライラも同じようにしようとした。それを止めたのは光王だった。当時、光王にはルミナリア王女しか子がいなかった。
不吉な闇属性を持つ庶子といえども、王家の血を引く存在は必要だったのだ。



「ノクティス王国から縁談がきた。ルシアン王の妃として我が光国の王女を娶りたいらしい。其方が行け、ライラ」
(わたし)が……ですか……?」
「そうだ。ノクティス王国の望みは光属性を持つルミナリアだろうが、ルミナリアは我が国の聖女だ。外に出すつもりはない」

(それは、そうですね……)

 ライラとてルミナリアを外国に嫁がせる訳にはいかないと理解できた。ルミナリアは光国の聖女であり後継だ。

「……けれど、私なんかでは……ルミナリア様の代わりなんて、到底、務まりません……」
「当たり前でしょう、オマエごときにルミナリアの代わりが出来るはずがないではありませんか。けれどそれは、我が国には関係のないことです」

 王妃が冷たく突き放す。晩餐室には沈黙だけが横たわった。

(光王猊下も、そう考えているのね……)

 ならば、もう、ライラに出来ることは、それに従うことだけだった。
 
「……私では力不足でしょうが、精一杯、勤めを果たしたいと思います」
「出立は10日後だ。下がれ」

 跪き承諾したライラを一瞥して光王はそう冷たく命じたのだった。

 晩餐室を出たライラは、自室へと戻るため長い廊下を歩いていた。

 王女として与えられた部屋はあるが、王族の居住区の端にある小さな部屋だった。調度品は最低限。華美な装飾も、専属の侍女もない。それでもライラにとっては、不満を抱くようなことではなかった。幼い頃から、それがライラにとって当たり前だったからだ。

「……ノクティス王国」

 窓の外を眺めながら、ライラは小さく呟く。魔物が多く出る国。ソレイユ光国では魔境の国と恐れられている場所だ。

 そこへライラは嫁ぐのだ。光の力を持つ姉ではなく、闇の力しか持たないライラが。

「私にも……できることがあるのかしら」

 ライラは自身の手を見つめる。闇の魔法。幼い頃から忌避され続けた力。この力がなければ、もっと普通の王女として扱われたのだろうか?

 そんな考えが浮かび、すぐに首を振る。

 考えても仕方のないことだった。
 自分に与えられた役目を果たす。

 それだけが、ライラにできることだった。

――――

 翌日、ライラの部屋へ一人の侍女が訪れた。

「失礼いたします」
「はい」

 ライラの部屋は滅多に侍女が訪れる場所ではなかった。少し驚きながらライラは侍女を見た。

「こちらを」

 差し出されたのは、純白の美しいドレスだった。豪奢な金糸の刺繍が美しい。ライラは、それが誰のものかすぐに気付いた。

「……ルミナリア様のものですね」
「はい」

 侍女は淡々と答える。

「十日後の出立ですので、新しく仕立てる時間はございません」
「そうですね」

 ライラは素直に頷いた。
 ルミナリアが身に着けていたものならば、きっと上質なものだ。自分には十分すぎる。

「ありがとうございます」

 礼を告げるライラに、侍女は一瞬だけ目を伏せた。
 本来ならば、王女の婚姻に合わせて新たに沢山の衣装が用意されるはずだ。しかしライラは姉の古い衣装を渡されても、不満一つ口にしない。
 それが、この国で彼女がどのように扱われてきたのかを物語っていた。

 その後も、ライラの嫁入り準備は最低限のものだった。必要な荷物をまとめるのも、手伝う侍女はいない。そもそも彼女が持っていくほどの荷物もない。ライラ付きの侍女が新たに用意されることもなかった。不吉な王女に付いて魔境の国に行きたいという侍女もいなかったのだろう。

「ノクティス王国が侍女を準備しているでしょう」

 そう言った王妃の言葉を、ライラは疑問に思わなかった。

――――

 十日後、出立の日は、あっという間にやってきた。
 王城の正門には、豪奢な馬車が用意されていた。 
 光王と王妃、ルミナリアが見送りに来ていた。

「ライラ」

 ルミナリアが声をかける。

「ノクティス王国は魔境の国と呼ばれ恐れられている国……怖いでしょうけれど、ライラなら耐えられるでしょう?」
「……はい、ルミナリア様。精一杯、努めます」
「……あなたは昔から我慢だけは得意ですものね」

 微笑んで頷いたライラに微かな苛立ちを覚えながらも、ルミナリアは優しく微笑む。

(あなたは、いつもそうね)

 何かを奪われても。
 何かを諦めても。
 ただ静かに受け入れるライラが、ルミナリアは面白くなかった。
 けれど、そんな不快の種とも今日でお別れだ。

「良く勤めを果たすように」

 光王の言葉は、父親の言葉ではなかった。ただ、王族としての形式的な別れの言葉。けれどライラはそれを悲しいとも思えなかった。

「はい」

 ライラは深く頭を下げる。

「今まで、お世話になりました」

 そして、馬車へ乗り込んだ。
 光に祝福されたライラの祖国。
 けれど最後まで、自分の居場所にはならなかった国。

 馬車が動き出しても、ライラは振り返らなかった。振り返ったところで、優しい思い出の一つもなく、家族との繋がりもない。

 こうして闇の力を持つライラは魔境国とも呼ばれるノクティス王国へと向かうことになったのだった。

 ライラはまだ知らない。馬車の向かうノクティス王国にはには、彼女の運命を変える一人の王が待っていることを。