まだ青い彼

 確かに出勤前のひと時はとても大切だ。
 何もせずぼーっとしてその日すべき業務の段取りを考えたり、気持ちを整えたりする。大袈裟だけど、これから戦場へむかう精神統一の場だ。そんな時に見知らぬ人に声をかけられたらびっくりするし、怖いと思うかもしれないし、迷惑かもしれない。そこまで思わないにしても動揺するだろう。

 第一、通勤電車なんて会社に着くのにちょうどいい時間に乗っているに決まってる。足止めしていいものだろうか。
 連絡先を書いた紙を渡したとしても、そこらへんにポイっと捨てられて悪意ある人にSNSにアップされたり……ああ、考えすぎかもしれないけど、手詰まりだ。


 何もないうちに諦めるが賢明だ。
 問題は、私の感情がなかなかそうしてくれないってことだ。頭ではわかっているけど、心が諦めてくれない。

 まだ衝動的に行動を起こさなかったことは幸いだ。

 ――好き。

 まだそこまでいってないと思うんだけど、何で諦められないんだろう。
 電車、変えようかな。ぐるぐる悩んで嫌になる。


 ――ふと、思いついた。
 賭けに出てみよう、と。それで無理なら諦めよう。
 
 翌週、私はいつもより1本早い電車に乗り込んだ。もし、彼がその電車に乗っていたら声をかけよう。いつもと違う電車に乗ってまで会うのだとしたら少しの縁くらいはあると思うから。“告白する可能性”の方が低く分が悪い。そんな賭けのような、低い確率でも会えたらという願いのようなものだった。
 

 万が一会えたとして向こうが急いでいる様子だったらと連絡先を書いた紙も用意した。
 諦める理由をつくったつもりだった。でも、もし会えたらという期待がある。

 緊張で指先が震える。会えないに違いない、そうわかっているのに。