まだ青い彼

 ――月曜日。

 もしかしたら彼に会えるかもしれないから、いつもより早く起きて身支度を念入りに整える。

 こんな期待を孕んだドキドキする気持ちは久しぶりだった。長く恋もしていないもんな……。いや、これは恋じゃないから。単に、単に、何だろうか。目の保養相手と知り合いになっただけ。生活の()()ってやつだ。

 ドキドキしながら電車に乗り込む。
 それなりの混雑の中、車両を見回すとくすみカラーの紫がかったグレーのスーツが目に入る。目当ての人の顔を見つけ鼓動が早くなった。

 どうしよう、声をかける?何かお礼でも用意した方が良かったかな……。心の準備はしたはずなのにただ動揺するばかりで何も出来なかった。
 じっと見つめていたら視線を感じたのか彼と目が合った。ドキッとして一瞬で顔が熱くなった。何か言わなくちゃ。そう思っているうちにフイと顔を逸らされた。

 全くの知り合いじゃない関係性だと当然の反応で、そのことから悟った。彼は私を覚えていない。血が上った顔が一瞬で冷える。
 もしかすると、向こうから『春美ちゃん』なんて声をかけられるかもと思っていたのが恥ずかしい。一人盛り上がっていた気持ちがみるみるしぼんでいった。

 彼にとっては、一瞬の出来事で、相手が誰でもそうしたはず。私が一方的に縁があると思いたいだけで、向こうは特段縁を感じていないわけで、この反応は当たり前で自然なことだ。勘違いして前のめりの行動を起こさなくて良かった。恥ずかしさが落ち着くと何もしなかったことに胸を撫でおろした。

 ああ、もう、恥ずかしい。

 私はこのまま、『時々見かける素敵な人』という関係で満足することにしようと思った。
 それで、婚活を始めよう……。

 自然な出会いってなかなか無いもの。少し虚しいけど、目の保養に高望みはしちゃいけない。現実って、こういうものだ。