「……待って、待って」
夏樹は額を指の腹で押さえ、片手を日向に向けた。
「ちょっと理解が追いつかないな……」
仕事の話だと思い込んでいた分、混乱していた。
「まず理由聞いてもいい?」
「もちろん」
テーブルに付いていた肘を外して、日向が居住まいを正した。
喉仏が動く。
「実は、俺の従姉妹の話なんだ」
日向は思いつめた口調のまま、整然と話し始めた。
「子供の頃から懐かれてて、俺も妹みたいに可愛がってた。大きくなれば自然とそういう関係も終わるだろうと思ってたし」
少し、目を伏せる。
「だけど、大学生になったのに、未だに俺と結婚するって言うんだ」
「なるほど。続けて」
夏樹は目の前のパスタを取り分けながら、相槌を打った。料理に手を伸ばせるくらいには冷静さが戻ってきていた。
「叔父さんたちも困るよな。俺ももちろん困るし。それで、彼女が出来たって嘘ついたんだけど、自分の目で見るまで信じないって」
「そこまで懐かれてるのも微笑ましいけど」
「……いや。そんな無邪気なレベルじゃなくてね」
日向は弱った顔を向けた。
額を擦った指先が、そのまま黒髪を掻きわける。
「事情は分かったよ。それで……どうして私なの?」
「うん。『同期は助け合うものだって』。結城さん、前に言ってたでしょう」
「私が? 日向君に?」
びっくりして聞き返してしまった。
「いや、俺にじゃない。給湯室で。入社した年」
「え、ええ、え……?」
ずいぶん遠い話だ。細部まで覚えていないが、言った気もする。記憶を総動員する――言った、な。
でもなぜそれを日向が知っているのか……。
「結城さんなら、俺のこと助けてくれると思ってお願いしてる。だめかな」
「うーん」
助けてあげたいのは山々だが、光琉以外と付き合ったことがないこの女子力で、大丈夫なのだろうか。
「結城さんしかいない」
考え込んでいると、日向はそっと視線を外して言った。
「だって結城さんは俺に興味ないでしょう」
!
夏樹はそのひとことから日向の状況を察した。
日向の周りにいる女子たちは、多かれ少なかれ下心があるのだろう。日向はそれを敏感に察しているようだ。
「……そういうことね」
“優良物件”は大変だな、と少し同情しながら。
「日曜日、従姉妹のバイト先に結城さんを“彼女”として連れて行くことができれば、きっとあきらめてくれると思うから」
「……」
夏樹は、上目遣いの日向を窺った。
「難しく考えないでほしいんだ。ただ俺の横にいてくれるだけでいい」
……まあ、その程度ならどうってことない、かな?
「お礼もちゃんとするよ」
「お礼?」
「なんでも、三つ」
日向が指を三本立てた。
「結城さんの願いを叶えるよ」
「三つって、さすがに多すぎない?」
「それくらい切実だから」
「うーん」
夏樹は腕組みをした。
正直、日向に叶えてもらいたいことは特にない。
ただ、こんなに必死に頼み込まれたら、断りづらくなってしまった。
……自分が選ばれた理由も、一理あるし。
「わかったよ」
腹を括った。
確かに、同期入社の縁もある。
「本当に?」
日向が驚くほど表情を明るくした。
……あれっ? こんな幼い顔もするんだ。
一瞬のことだったが、見慣れないそれに夏樹は目を瞠った。
日向が小さく咳払いした。
「恩に着る。ありがとう」
そう言った日向は、また普段のクールな表情に戻っていた。
**
――――約束の日曜日になった。
待ち合わせたのは、カップルの定番、“巨大像”の前だった。
