シスコン令嬢 〜妹のためなら喜んで悪役になってみせますわ!〜

「リリアお嬢さま、いかがなされましたか!大きな声が聞こえたのですが――」


そのとき、メイド服を着た使用人が慌てて部屋に入ってきた。


リリアに転生したことがショックで、発狂してしまったわたし。

そのままの顔を使用人に向けると、なぜかぎょっとした表情をされた。


「ノ…ノックもせずに失礼いたしました…!命だけはご勘弁ください…!」


そうして、ものすごい勢いでドアを閉めていってしまった。


な、なんか…こわがらせた?

もしかして、驚いたときのままのこの顔のせい?


両手で顔をはさみ、もみゅもみゅと表情をほぐした。


それにしても、リリアってスマホの画面で見るよりもめちゃくちゃ美人。

性格は悪いけど。


握りこぶしに収まるくらいにちっちゃな顔。

シミひとつない、卵のような艶のある肌。


わたしは長期の闘病生活で、腕は注射や点滴の針の痕だらけ。

頬も痩せこけて、ハリがなくなっていた。


それが、こんなにぷるんぷるんの肌に生まれ変われるとは。


すると、ドアがノックされる音がした。


「失礼いたします、リリアお嬢様」


入ってきたのは、わたしのおばあちゃんくらいの歳の使用人。

この人はたしか、屋敷の使用人たちをまとめる責任者だったような。


それに、リリアとマリアが生まれたときから世話している、ばあやだ。

この家のことならなんでも知っている、物知り設定のキャラ。


そのばあやの後ろにいるのは、さっき部屋を飛び出した使用人だ。

わたしに対して、ビクビクしながらお辞儀をする。


わたし、なんかしたっけ?


「先ほどは、この者がノックもせずに入室したとのこと。大変失礼いたしました。わたくしもお詫びにうかがった次第です」


そう言って、ばあやも深々と頭を下げた。


…へ?ノック?

もしかして、それだけのことで謝りにきたの?


「頭を上げてください…!さっきはわたしが大声を上げたから、なにかあったと思って慌ててきてくれたんですよね?」

「はい…」

「だったら、わざわざノックなんて必要ありませんよ。だって、もしわたしの身になにかあったら、それどころじゃないですから」


すると、使用人が突然涙を流しはじめた。


…な、なんで!?


あまりにも泣き崩れて、ばあやの肩を借りなければ立っていられないほどだ。


「まさか、リリアお嬢さまがそのようなお言葉をかけてくださるなんて…予想外でっ」

「お許しいただけてよかったわね。沈められなくて」

「“沈める”…!?」


ばあやの言葉に、わたしは即座に聞き返す。


「ええ。リリアお嬢さまの口癖ではありませんか」

「口癖?」

「気に食わないときは『沈めるわよ』と脅されて、これまで何人もの使用人が命の危機を感じて辞めたことか…」


…えええええ!?

リリア、めちゃくちゃこわいんですけど…!


だから、さっき――。


『ノ…ノックもせずに失礼いたしました…!命だけはご勘弁ください…!』


“命だけは”って、大げさだなとは思っていた。

でも普段のリリアは、ノックもしないで使用人が入ってきたら相当怒るのだろう。


さらに、発狂したときの変な顔で見たものだから、にらまれたと勘違いしちゃったのかな。


それでこの使用人は、リリアに沈められると恐怖を感じて、責任者のばあやといっしょに謝りにきたというわけか。


この世界でどれだけ性格悪いのよ、リリアって。


「リリアお嬢さま。本日は、お嬢さまのお好きな菓子店より、クッキーとチョコレートをご用意いたしました」


もしリリアが機嫌を損ねてしまった場合に備えて、好物を用意したということね。

さすが、ばあや。


「ちょうどお時間ですので、お茶にいたしましょうか」


ばあやがパチンと手をたたく。

それを合図に、さっきの使用人が部屋のテーブルにお茶とお菓子の準備をする。


時計を見ると、ちょうど三時を指し示していた。

ただよってくる紅茶のいい香りに誘われる。


「どうぞ、お召し上がりください」


ふかふかのソファに浅く座る。


目の前のテーブルには、湯気立つ紅茶の入ったティーカップ。

それに、クッキーとチョコレートが盛られたバスケットが並べられていた。


…紅茶!

…クッキー!

チョコレート…!!


闘病中、カフェイン摂取はだめだったから紅茶は飲めず…。

もちろん、クッキーなどの甘いものも禁止されていた。


だから、絶対チョコレートなんて口にしてはいけなかった。

それが今、すぐ手の届くところに…!


何年ぶりのチョコレートだろう!


「…お嬢様、どうされましたか!?」


あまりのうれしさにわたしが涙を流すものだから、使用人が慌てて駆け寄ってきた。


「紅茶のご気分ではございませんでしたか?それとも、チョコレートが…」

「ううん、違うの。うれしすぎるだけ。ありがとう」


わたしが指で涙をはらいながらお礼を言うと、なぜか使用人はひどく驚いて固まっていた。


「リ…リリアお嬢様が、わたくしどもにお礼を…!?」


…え。

当たり前に、お礼を言っただけで…この反応?


「それにしてもおいしそう」


リリアが好きなお店のお菓子なだけに、これでもかというほどのクッキーとチョコレートがバスケットに入っている。


「でも、こんなにたくさんはさすがに食べきれないかな。よかったら、ふたりもいっしょにどうですか?」


そう声をかけると、なぜか後ずさりされてしまった。


「リ…リリアお嬢様が、わたくしどもを気づかわれるなんて…!」

「本当に。今日はどうされたのですか、リリアお嬢さま」


ふと、ばあやが窓の外に目を向ける。


「こんなにいい天気だけれど、このあと大雨にでもなるのかしらねぇ」


ひとり言なんだろうけど、わたしにまで聞こえている。


「わたくしどもは他にやることがございますので、そ…それでは失礼いたします…!」


そう言うと、使用人は逃げるように部屋から出ていってしまった。

ばあやもゆっくりとお辞儀をして去っていく。


あーあ、行っちゃった。

お見舞いのとき以外は病室にひとりきりだったから、せめて話し相手がほしかったのに。


わたしはティーカップを持つと、そっと口元へと持っていった。


「なにこの紅茶!おいしすぎる!!」


次にクッキーとチョコレートをひとつずつ摘む。

いつぶりかもわからないほどの甘いお菓子を摂取して、あまりのおいしさにわたしは悶絶していた。


――「マリアお嬢さまがお戻りになられました」


そのとき、部屋の外からかすかにそんな声が聞こえた。


マリアお嬢さまって…。


もしかして、このゲーム世界の主人公兼ヒロインの――。

…あのマリア!?