未完成フレーム——after.1「文化祭前日」

 映像研究部の部室のスクリーンは、ここ数週間ずっと同じ映像が流れていた。

 明日の文化祭で上映する自主制作の短編映画が。

 だけど、俺のスマホの画面は、もっと近くを捉えている。

「柊くん」

 目の前の席で、背中を向け何やらノートを書いていた楠木さんが振り向いた。
 俺はスマホを横向きに構えたまま、「はい」と答える。
 画面の上部で撮影秒数が進んでいた。

「あっ……、また何か撮ってる」

 そう言ってノートで顔を隠した楠木さん。
 それじゃ表紙の文字がもろ映ってんだけど。
 『映画ノート』ってタイトルが。

 だけどそれは言わないでおいた。
 もう少し眺めておくために。

「そろそろスマホの容量やばい」

「じゃあやめなよ。盗撮」

 こっちを睨む彼女の瞳をスマホの画面越しに見るのは、もう何度目か分からない。
 それなのに懲りずにこうしてスマホを向ける俺は、どうかしてる。

「人聞きわる。作品作りって言ってくんない?」

「撮ってるだけで作ってないでしょ」

「ハハ。ばれた」

 俺はようやくスマホを置いた。
 それを見た楠木さんもノートをひざの上に置いた。

 窓を開ければ冷たい風が吹き込むようになった部室。
 気付けば俺は長袖だし、楠木さんはカーディガンを羽織っている。

 グラウンドの金属バットの音が、澄んだ空に響いていた。

「スマホで映画なんか撮れないのに」
「いや、撮れるよ。今のスマホは」
「そうなの?」
「つーか、機材は関係ない」
「……」
「何を撮りたいと思うか」

 俺が手で四角いフレームを作ると、楠木さんは「撮る専になったの?」と、前髪を触りながら笑った。

 俺はつい、自然とスマホを構えてしまう。

 ……まただ。勘弁してほしい。

 誤魔化すように適当にファイルを開いた。

 風景ばかりだったスマホのフォルダ。
 いつから俺は人を撮りたいと思うようになったのか。

 画面をスクロールさせるたびに、どこかのサムネイルに必ず映り込んでいる楠木さんを見て、思わず苦笑いした。

 映画ノートを書く横顔。
 スクリーンを見つめる背中。
 カメラに気付いて睨む瞳。
 映画について熱く語る笑顔。
 前髪を触る仕草。

 俺は、そういう瞬間を、残したいと思った。

「……これは映画か?」

 たぶん違う。
 誰かに伝えたいわけじゃない。

 むしろ——

「映画だよ」

 楠木さんの声が、俺の思考と指を止めた。

「え?」

 代わりに彼女の細い指が、俺のスマホに触れる。
 その指先と、目の前にあるつむじを交互に追った。

「この動画繋げただけで、映画になるよ。ふふ。青春映画」
「需要あるか?俺……ら、以外に」

 楠木さんが顔を上げると、目が合った。
 見開かれる瞳。
 彼女は慌てたように椅子に座り直す。

「失礼だなぁ。撮っておいて」

 俺は緩む自分の口元を、頬杖で隠した。

 楠木さんが映画ノートをパラパラとめくる音が、ありがたい。

「また随分と増えたね。分析」

 そう言うと、彼女はよくぞ!と言わんばかりの顔で嬉しそうに俺の机にノートを開いて置いた。

 この脚本の構成がどうだとか、伏線の張り方がどうだとか。
 意気揚々と喋り始めた楠木さん。
 相変わらず観る視点は作る側なのに。
 夏休み前とはどこか違って見えた。

 でも彼女はいまだに観る専だと言い張っている。


 俺は頬杖を崩せないまま、黙って聞くしかなかった。
 聞いていたかった。


「……あ、ごめん」

 途中でふと我に返るのも変わらない。

 そのあとは多分、——ほら。

 前髪を右手で押さえた楠木さん。

 俺はスマホを手に取る。

「だからさ、容量ないんだって」

 そう言いながら、またシャッターを押してしまうんだ。

 楠木さんが困ったように笑った。

 ほんと、勘弁してほしいよ。監督。