この恋は、業務提携外につき。 ―最悪の相手と、最高の商品を。―

ーアカリside.ー




あれから早いもので、二週間が経った。




ハン・スヒョンとの工場見学が終わったあと。

彼は予定通り韓国へ戻った。




そして私はというと。

特に何かが変わるわけでもなく、いつも通り、白樹食品で仕事をしていた。

……いや。

いつも通り、というには、ちょっと忙しすぎるかもしれない。

「これ、今日中にお願いします」

「はい!」

「あと、この試作品のアンケート結果、年代別でもう一回出してもらえます?」

「分かりました!」

「ありがとう。お願いします」

デスクへ戻り、座る。

パソコンを開くと…



メール。

メール。

メール。

……多い。



共同開発プロジェクトが本格的に動き始めてから。

普段の商品開発の仕事に加えて、ハンウ食品とのやり取りも増えた。

市場調査、既存商品の分析。

韓国側から送られてきた資料の確認。

社内各部署との調整。

次回の会議に向けた商品案も、そろそろ形にしなくてはいけない。

……忙しい。




でも、この忙しさは嫌いじゃない。

むしろ、こういう時の方が、頭がよく回る。

私は手元の資料に目を通しながら、メモを取って付箋を貼っていく。

韓国市場は食文化も違う。

求められる味も違う。

でも、違うからこそ。

組み合わせた時に何か面白いものができるんじゃないかなぁ。

……。

ふと。

頭の中に、あの人の言葉が浮かんだ。

『だからこそ、その大切にしてきた技術を、新しい分野に使う価値があるとも、僕は思います』

「……」

私は、眉間に皺を寄せた。

別に…納得したわけじゃない。

私は今でも、最初の商品で、いきなり白樹らしさもハンウらしさも分からないものを作るのは違うと思ってる。

……ただ。

新しい分野という言葉が、頭のどこかに引っかかっているのも事実だった。






「アカリ?」

「ん?」

呼ばれて顔を上げる。

「あ」

少し離れたところに蓮が立っていた。

「蓮!」

「久しぶり」

「え、何。いつぶり?」

「同じ会社の人間に言うセリフじゃないだろ」

蓮が笑いながら近づいてくる。

確かに同じ会社だし、しかも同じプロジェクトに入っている。

なのに、ここ最近はお互い別々の打ち合わせや資料作成に追われていてまともに顔を合わせていなかった。

思わず笑ってしまう。

席に座ったまま蓮の方を向いた。

「工場見学のあとくらいから会ってないかも?」

「たぶん」

「二週間も会ってなかった?」

「お前が商品開発から出てこないからだろ」

「蓮だってずっと営業とかマーケと打ち合わせしてるじゃん」

「まぁ働いてますので」

「私も働いてます」

「知ってる」

そう言って、二人で笑っている。とー

蓮が私のデスクの上を見る。

大量の資料。

飲みかけのコーヒー。

開きっぱなしのノート。




「……働きすぎじゃない?」

蓮があまりにもカオスになったデスクを見て苦笑いする。

「蓮に言われたくない」

「昼食った?」

「……」

私は時計を見る。

十二時四十八分。

「あ」

「その顔は食ってないな」

「忘れてた」

「行くぞ」

「どこに?」

「ランチ」

「え、でもこれ――」

「午後も仕事するんだろ?」

「するけど」

「だったら食え」

そう言って。

蓮は当然のように私の椅子の背を軽く引いた。

「ほら」

「はいはい」




昔から、こういうところは変わらない。

私が頑張りすぎたり、何かに夢中になっていると、蓮はブレーキをかけてくれる。

私はパソコンを閉じ。

バッグを持って立ち上がった。

会社から少し歩いたところにあるレストラン。

昼のピークを少し過ぎていたからか、運良くすぐ席へ案内された。

「で?」

注文を済ませると。

蓮が早速口を開いた。

「韓国側どう?」

「どうって?」

「仕事」

「ああ」

私は水を一口飲む。

「資料は結構来てるよ。韓国の市場データとか、ハンウ側の過去商品の分析とか」

「早いな。誰が作ってるんだろ」

「たぶんイ・セヨンさんじゃない?」

「ああ、あの美人」

「そうそう」

「仕事できそうだったもんなー。」

「できると思う。レスめちゃくちゃ早い」

話しながら、料理が運ばれてくる。

「そっちは?」

「俺は営業と販路の整理」

「どう?」

「日本で売るだけなら簡単だけど、韓国も同時展開ってなると難しいな」

「やっぱり?」

「流通も全然違うし、店舗側が求める条件も違う。あとプロモーションも分けた方がいいかもしれない」

「あー」

「アカリはスヒョンさんが曲者か。でもいいよなー開発は夢があって。俺も開発いきてぇ」

「ハン・スヒョンと二人でプロジェクト上手く回せるならいいよ」

「新幹線隣の席で?」

「そうそう。いける?」

「俺はいけるよ?」

そう言って、二人で笑う。

久しぶりだった。

こうして、何も考えずに冗談言って蓮と話すの。

仕事の話をしていても、どこか気が楽だ。

「そういえば」

食事も半分くらい進んだ頃。

蓮が、何気ない口調で言った。

「今度の休み、空いてる?」

「ん?」

私は。

箸を止める。

「今度の休み?」

「そう」

「なんで?」

聞くと。

蓮が。

一瞬だけ黙った。

「……なんでって。」

「何?」

「えっと…最近、お互い仕事ばっかじゃん」

「うん」

「だから、たまには息抜きでも…?と思って」

私はきょとんとする。

「息抜き?」

「そう」

「私と?何するの?」

そう答えると、蓮が少し視線を逸らす。

珍しい。

普段ならこういう時、すぐ答えるのに。

「えー…ドライブでもいいし」

「ドライブ?」

「飯食いに行くだけでもいいし」

「今日も食べてるけど」

「…そういう意味じゃなくて」

蓮が苦笑する。

…うーん?

よくわからないけど、とりあえず遊んでリフレッシュしたいってことか。

なるほど。

「いいよ」

私は普通に答えた。

蓮がぴたりと止まる。

「……いいの?」

「え?」

「いや、なんでもない」

なんで聞いた本人が驚くの。

って言いたいところだけど。

蓮はなんだか嬉しそう。

一人じゃ行きにくいお店でもあるのかな。

「いつ?」

「来週の日曜とか」

「日曜?」

頭の中で予定を確認する。

たぶん…空いてる。

「いいよ!」

「ほんと?」

「うん」

蓮の顔が、分かりやすく少し明るくなった。

「じゃあ決まりな」

「どこ行く?」

「俺が考える」

「えー。変なところやめてよ。ごはんなら美味しいとこ行こうよね。」

「任せろ」

「それが一番不安」

「失礼だな」

そんな話をしていた。





――その時。

テーブルの上に置いていたスマホが震えた。

ブブブブ。

「ん?」

画面を見ると、知らない番号。

「誰?」

「分かんない」

営業電話かな。…でも海外の番号?

一度、無視しようかと思った。

でも…仕事関係だったら困る。

「ちょっとごめん」

私はスマホを取った。

「はい。白樹です」

『……もしもし』

低い、男性の声。

どこか聞き覚えがある。

「…どちら様でしょうか」

検討をつけながら考えて、数秒。

すると。

『ハン・スヒョンです』

「……」






私は固まった。

「……は?」

思わず素の声が出る。

向かいの蓮が、何?という顔をする。

「なんで私の番号知ってるんですか?」

『会社から聞きました』

「勝手に?」

『業務連絡です』

「だったらメールで――」

『来週、空いていますか』

「……はい?」




いきなり、何なんだこの人は。

「来週って、いつですか」

『日曜からです』

「日曜?」

私は眉を寄せる。

日曜……日曜日。

「何で?」

『韓国に来てもらいます』

「……」

私は数秒間、完全に止まった。

「…………はい?」

『韓国出張です』

「いや、聞いてませんけど」

『そうでしょうね』

「そうでしょうね!?」

思わず声が大きくなる。

蓮が驚いて私を見る。

「何ですかそれ!」

『私に言われても困ります』

「いや、こっちも困ります!」

『両会長の指示です』

「……両会長?」

『あなたのお父様と、うちの会長です』

「……」

またあの二人だ。

…すごく。すごく嫌な予感がする!



「ちょっと待ってください」

私は片手で額を押さえる。

「私、本当に何も聞いてないんですけど」

『航空券はすでに手配されています』

「は?」

『メールを確認してください』

「メール?」

私は電話を耳に当てたまま。

スマホの画面を確認する。

「…ちょっと今電話してるから見れないんですけど」

『では切ったあと見てください』

「そういうことじゃなくて!

普通、本人の予定を確認してから決めません?」

『私に言わないでください』

「あなた知ってたんでしょ?」

『今知りました』

「……え?」

『私も聞いていませんでした』

「……」

少しだけ、勢いが止まる。




「本当に?」

『嘘をつく理由がありますか』

「……ないですけど」

…どうしてどうもこうも。

自分たちの子供だからって、人の予定をなんだと思ってるのよ…!

こっちだって仕事してるのに。

頭の中がぐちゃぐちゃになる。

『とにかく』

スヒョンが言う。

『来週、韓国へ来てもらうことになっています』

「……」

『こちらの工場と研究所、本社など案内します』

「……」

『詳細はメールに送られていますので、確認してください』

「いや待って」

『何ですか』

「私、予定――」

『私も変更しました』

「……」

『そういうことです』

「いや、そういうことでまとめないでください」

『では』

「ちょっ――」

プツ。








「……」

切れた。

私はしばらく、スマホを耳に当てたまま固まった。

「……何」

蓮の声がする。

私はゆっくりスマホを下ろした。

「……ハン・スヒョン」

「え?」

蓮の眉が動く。

「ハン本部長?」

「うん」

「なんで?」

「私に、韓国来いって」

「……は?」

今度は蓮が固まった。

「韓国?」

「うん」

「いつ?」

「来週の日曜から」

そう言って、私は思い出した。

日曜って。

今、約束した。

蓮を見る。

蓮も。

同じタイミングで気付いたらしい。

「……日曜?」

「……」

「……」

「ごめん」

「マジか」

蓮が。

がっくりと肩を落とす。

「あー……」

「ほんとごめん」

「いや、仕事なら…まぁ仕方ないけど」

「でも私も今知ったの!」

「お前も?」

「そう!」

また。

腹が立ってきた。

「なんで社長はこうも勝手に決めるかな!」

私はスマホを握る。

「人の予定ってものがあるでしょうが!」

「まぁ……社長だからな」

「社長だったら娘の予定勝手に決めていいわけ!?」

「俺に怒るな」

「怒ってない!」


私は急いでメールを開く。

あった。

件名。

時間…ついさっきじゃん。

《韓国出張について》

「……本当に来てる」

「早いな」

「航空券と…ホテルまで…」

画面をスクロールする。

日程、航空便、宿泊先。

ハンウ食品本社、工場、研究所。

全部綺麗に決まってる。

「……」

私は頭を抱えた。

「ほんと信じられない」

「まぁ」

蓮が笑う。

「息抜きはまた今度付き合って。」

「……ごめん」

「いいって」

「埋め合わせする」

「別にそこまで――」

「今日奢る」

「は?」

私はバッグを開く。

財布からお札を取り出す。

「これ」

「いや多い」

「いいから」

「待て待て多いって!」

「今日のランチと、今度のお詫び!」

「だから別にいいって!」

「じゃ!」

私はテーブルにお金を置いてバッグを掴む。

「え?」

蓮が目を丸くした。

「どこ行くんだよ」

「デスク戻る!」

「お前、まだ食べてる途中だろ」

「韓国出張入ったなら予定全部組み直さないと!」

「アカリ!」

私は急いで席を立つ。

「ごめん!ほんとごめんね!今度ね!」

そのまま店の出口へ向かう。

「あ、おい、アカリ!」

後ろから蓮の声が聞こえた。

でも、振り返っている暇はない。

…韓国出張。

しかもまた。

ハン・スヒョンと。

……。

私は店を出たところで、一度立ち止まった。

空を見上げる。

そして。

大きくため息をついた。

「……お父さん、ほんっと余計なことしかしないんだから……」

せっかくここ二週間平和だったのに。

どうやら、私とハン・スヒョンの因縁は、まだまだ終わってくれないらしい。