この恋は、業務提携外につき。 ―最悪の相手と、最高の商品を。―




その後。


生産管理室へ向かった。




「ここでは、生産数と在庫、出荷予定をまとめて管理しています」

壁一面のモニター、商品ごとの進捗、設備の稼働状況、在庫数。



数字がリアルタイムで更新されている。

担当者が説明を始める。

スヒョンはすぐに質問を投げる。

「市場の需要予測との差異は、どの時点で調整しますか」

「基本は週次ですが、キャンペーン商品は日次です」

「欠品リスクが出た場合は」

「営業と即時共有して、別工場や別ラインへ振り替えます」

次々と細かいところまで聞いていく。

担当者も最初は少し緊張していたけれど、次第に真剣に答え始めた。

私はその横顔を見る。



……。

やっぱり仕事はできる人だよなぁ。

鋭くて、的確な質問をしてる。

そして、その理由、裏側を知ろうとする意欲。

一生懸命だし、真面目だと思う。


でもそれが、また腹立つ。

こんなに腹立つ人なら、仕事もできなきゃいっそ最悪なヤツで片付けられるのに。

そんなことを思って。

自分でも、自分が子供みたいだと思った。







次は品質管理。

検査室へ入る。

「ここでは、原料から完成品まで定期的に検査しています」

私は棚に並ぶサンプルを指差す。

「水分量、塩分、油脂、微生物検査。それ以外にも、保存試験や官能評価があります」

「官能評価?」

スヒョンが聞く。

「実際に食べて確認する検査です」

あぁ、といって手元のメモにハングルで何かを書き込む。

「この評価は、何を基準に?」

「その時の商品によりますけど、香り、食感、味、戻り方とかをー」

私は。

奥の棚へ向かう。

そこには、古いパッケージの商品がいくつも保管されていた。

一通り説明をして、気になるところをスヒョンが質問する。

「これは?」

スヒョンが聞く。

私は一つの箱を手に取る。

少し色褪せたパッケージ。

「白樹で最初に開発された醤油ラーメンです」

「最初?」

「はい」

箱を見る。

今売っているものとはデザインも少し違う。

「発売はかなり前ですけど、今でもサンプル基準として定期的に少量だけは生産して残しています」

「サンプル基準?」

「そうです」

私は棚を指す。

「醤油ラーメンだけじゃなくて、うどん、蕎麦。昔から販売している商品の味は、全部できる限り再現して残してあります」

スヒョンの目が棚へ向く。

私は続けた。

「同じ原料でも、産地が変わったり、設備が変わったりすると、少しずつ味って変わるじゃないですか。

だから、定期的に昔の商品の味と比較します」

私は箱を棚へ戻す。

「設備が変わっても、何があっても、できる限り、同じ味を再現できるように」

「そこまで?」

スヒョンが聞く。

「はい」

私は即答する。

「ずっと食べてくれてる人がいるので」

それだけは、迷わない。

「子供の頃、お父さんに作ってもらったとか」

「……」

「学生の頃、夜食で食べてたとか」

「……」

「そういう思い出と一緒に商品を買ってくださる人もいるんです」

私は棚を見上げる。

「だから」

少し言葉を選ぶ。

「新しいものを作るのも、もちろん大事です」

今回のプロジェクトだって、そのためにある。

「でも、新しいものを作るために、今まで積み上げたものを捨てる必要はないと思ってます」

そこでふと。

会議でのやり取りを思い出した。

保守的。安全な場所から出ない。




思い出して、私は少しだけ口をつぐむ。





「……それが」

スヒョンが口を開く。

私はスヒョンを見た。

「会議で言っていた、既存顧客を大事にするという意味ですか」

「……そうです」

私は答えた。

「新しい人に知ってもらうために、今まで買ってくれた人を置いていくのは違うと思うので」

スヒョンは何も言わない。

「もちろん」

私は続ける。

「だからって、新しいことをしないって意味じゃないです」

今度は少し強く。

「白樹も、何度も新しい商品を作ってきました。新しい製法も、味も、売り方も試してます」

「……」

「ただ」

棚に並ぶ古い商品を見る。

「戻れる場所は、残しておきたい」

自分で言って少しだけ、恥ずかしくなる。

会議の続きしてるみたい。

私は視線を逸らす。

「……まぁ」

誤魔化すように、棚の扉を閉める。

「そういう会社です。白樹は」

少し長い沈黙。

またどうせ、何か否定されるんだろ。

…でも。

「……なるほど」

返ってきたのは、それだけだった。

私は思わずスヒョンを見る。

「……何ですか」

「何がですか」

「いや、もっと何か言うかと思って」

「何と?」

「…保守的ですね、とか」

少し嫌味を込める。

するとスヒョンは棚を見ながら。

「……少なくとも」

彼は続ける。

「何も考えずに、既存商品に拘っているわけではないことは分かりました」

「……」

それ褒めてる?

いやこの人の場合、たぶんギリギリ…褒めてる?

「それはどうも」

私は少しだけ胸を張る。

「でも」

スヒョンが続ける。

「…だからこそ、その大切にしてきた技術を、新しい分野に使う価値があるとも、僕は思います」

「……」
 
またそれか。

と思う。

…でも、ここでまた言い合うわけにはいかない。

そして私は、ふっと息を吐いた。

「次、行きます」

先に歩き出す。

後ろからスヒョンがついてくる。

会議の時と考え方は、何も変わってない。

私もたぶん、変わってない。

そう思う。

でもほんの少しだけ、この人が何を考えてあの言葉を言ったのか。

分かった気もした。



……ほんの。

ほんの少しだけだけど。