恋と夢と愛と


楽屋のドアをノックして、どうぞと返事があり失礼しますと入った。

事務所の先輩で、主演の円香さんに挨拶しに来た。

「あら、咲ちゃん。おはよう。」

ソファに座る円香さんは、台本を確認していた。

「おはようございます。本日は宜しくお願いします。」

私はスペシャルドラマにゲスト出演する。

「よろしく。」

台本を閉じた円香さんは、長い脚を組み替えた。

お菓子食べる?と、楽屋のお菓子を勧められたので、いただきますと、円香さんの隣に座った。


「ドラマ、観てるよ。」

「……本当ですか?」

煎餅に齧り付こうとしていたが、食べる手を止めて円香さんに聞いた。

「嘘言ってどうする。」

それはそうなのだが、身内に観られてるみたいで心地が悪い。

家族は応援してくれてはいるが、観たとしても感想を言って来ない。

私が求めない限り、静かに見守ってくれた。

「キュンキュンして、心が洗われる。全女子の憧れだよね。」

私演じる地味で冴えないヒロインが、野津くん演じる学園の王子様に恋をして結ばれる、王道の少女漫画原作のドラマだ。


私は恋愛に向いていない。

中学生の時、初めて彼氏が出来た。

デートの約束があっても、仕事が入れば約束を破ったし、遊ぶ代金は私が全て出した。

俺より仕事が大事なんだろとフラれた。

三歳から働いて稼いで、当時はお小遣い制だったが、同年代より持っていた。

何を当然な事を言ってるんだと、思った。


仕事の方が大事だろ。


野津くんに何にか食べたい物は?と、メールを打ってリクエストを聞いたが、黒河さんが良く行くお店に連れてって下さい、と返って来た。

私が良く行くお店と言えば、マネージャーの輪島さんと、事務所の近くにあるファミレス。野津くんをファミレスに連れて行く訳には……。

なので、永遠とか家族が遊びに来た時に行く、創作和食店に電話をして席を取った。



「お疲れ様!」

「お疲れ様です。」

グラスを合わせてビールで乾杯した。

二回目のご飯は、ドラマの最終回が放送された翌週で、野津くんはライブツアーが終わり、私は舞台の稽古が始まった頃だった。

テーブルには卵焼き、刺身、天ぷら、肉じゃがなどが並んだ。

高級焼肉と比べれば、リーズナブルで申し訳無いが、何を食べても美味しいので、どんどん食べてと野津くんに勧めた。

野津くんの口にも合ったみたいで、美味しいですと。


「稽古の方はどうですか?」

予定は中々合わなかったが、近況報告の連絡はしていた。

「……順調、なんだけど、全身筋肉痛でバッキバキ。」

「大変ですね。」

「大変だよ。痣も出来たし。」

箸を置いて袖を捲って、腕を見せると眉を顰められた。

殺陣の稽古は楽しいが、連日へとへと。

野津くんはアイドルと俳優の、ハードなスケジュールをこなす体力と根性がある。

涼しい顔をして肝が座ってるんだよね。


「ジムに行ったりしてるの?」

「行ってますね。」

やっぱり、……鍛えてるのか。

筋肉はあるけど、ゴリゴリマッチョって感じでは無く、余計な物が削ぎ落とされていて、理想的な体をしてるんだろう。

永遠が一時期、筋トレにハマって鍛え過ぎて、事務所の人からめちゃくちゃ怒られてたな……。


〆に釜飯まで注文して、今度は私が払った。

「また、連れて来て下さいね。」

ご馳走様ですと、店を出て言われた。

社交辞令かも知れないが、勿論だよ!と、野津くんの背中をバシバシ叩いた。



「……ただいまぁ。」

誰もいない部屋に上がり、カバンを適当に放り投げた。

「はぁ〜〜〜、疲れた……。」

深い溜息が漏れ、ソファに倒れ込んだ。

舞台の千秋楽を迎えて、そのまま打ち上げがあった。

主演を務めた大御所俳優のお供に、二軒目まで付き合った。

盛り上げ役に徹して疲労困憊。


ポケットからスマホを取り出して、私の公式SNSをチェックすると、数時間前にマネージャーの輪島さんが撮ってくれた、永遠とのツーショットに沢山の反応があった。

最終日、永遠来た!

#黒河咲 #望月永遠 

永遠も写真をアップしていて、はまり役すぎ笑と、コメント付きで。

私が演じたのは男装の剣士で、ファンの子達からも麗しい、斬られたい、踏まれたいと、好評だった。

私と永遠のファンの間では、さくとわの愛称で知られた。


永遠とは朝ドラで、初共演をしてから長い付き合い。

私がヒロインの子供時代、永遠はその兄役を務めた。

互いにまだ小学生で、撮影が辛過ぎて何度も逃げ出したくなった。

監督は怖いし過酷な環境で、精神的に追い詰められたが、永遠がいたから乗り越えられた。


私にとって、何よりも大切な人。



大河ドラマの主演を務める。

それが、私の夢。


夢を叶える為に、努力するのみ。


これまで乗馬、日舞、茶道、華道、書道を習って来た。

公式プロフィールに、特技として載っていた。


「映画のオファーが来てます。」

事務所の会議室で、輪島さんからそう切り出された。

映画の内容は、音楽を通して心を通わせていく、若者達のお話で、私にオファーがあったのはシンガーソングライターの役。

イメージが私にぴったりだと、ご指名があったらしい。

脚本はオリジナルで、撮影スケジュールはタイト。

オファーは嬉しいが、準備する期間が短い。


私は歌と楽器には、苦手意識がある。

下手では無いが、上手くも無い。

なんとも言えない、微妙な感じ。


苦手は越えるべき壁。

必要なのは、一歩を踏み出す勇気。

怖くても飛び込めば、何かが変わる。

結果は自ずと付いて来る。


「……やります。やらせて下さい。」

不安ばかりだか、期待には応えたい。


他の仕事の間に、レッスンを詰められるだけ詰めた。

休みの日は自主練して、動画を撮って記録した。

先生に確認してもらって、アドバイスを求めた。


そんな日々を送ってると、野津くんから連絡があった。

ご飯のお誘いでは無く、最近はどうですか?と近況を聞かれた。

野津くんはアイドルの中で、トップクラスに入る歌唱力の持ち主で、確かギターにピアノも弾けた。

「……うわぁ。……盲点。」

頭を抱えた。痛恨の極み。


身近にいたじゃないか。

相談するべき相手。


野津くんに電話を掛けると、呼び出し音は直ぐに切れた。

「黒河さん?どうしました?」

電話をするのは初めてで、スマホ越しだと普通に話すより声が低い気がした。

「……野津くん、急で悪いんだけどお願いがある。」

「良いですよ。」

「詳細を確認する前から請け負うのは、どうかと思う……。」

余計なお世話だが。


「お願いってなんですか?」

電話越しに野津くんが、小さく笑ったのが分かった。


技術的な面は当然だが、ステージでの魅せ方を教えて欲しかった。

そのお願いをした。

アイドルの専売特許を乞うのだから、お礼は弾むと約束した。


野津くんは忙しいのに、快く引き受けてくれた。

……もう、感謝……。

スタジオを借りて、野津くんは色んな事を教えてくれた。

歌い方からギターの弾き方、格好良く見えるマイクの持ち方まで。

ステージで映える、視線の使い方はとても参考になった。

教えてもらった事をそのまま使うのでは無く、自分なりに解釈して、役作りに専念した。


「歌ってる時、何考えてるの?」

野津くんに聞いた。

「……何も。ただ、肩の力を抜いて、身を任せれば良いんですよ。音楽は楽しまないと損ですから。」

その言葉は響いた。

まず、自分が楽しまないと誰かを感動させたり、心を動かす事なんて出来ない。

忘れてたな。

頭がいっぱいいっぱいになって、視野を狭めていた。


「野津くん。」

「はい……?」

「……本当に、ありがとう。」

「お役に立てて光栄です。」


私が演じたシンガーソングライターの役は、私にとって思い出深く、映画は大きな賞にノミネートして、見事に優秀作品賞と音楽賞に輝いた。

私は助演女優賞を受賞した。


式典が終わり真っ先に、野津くんに報告すると、自分ごとの様に喜んでくれた。

永遠や家族から、お祝いの連絡がありそれも嬉しかった。

……友達、なんだろうか。

共演して仲良くなっても、撮影期間が終われば疎遠になるのが大多数。

連絡先を交換して、ご飯に行きましょうと言っておきながら、予定を立てずに流れたりするのは珍しくなった。

野津くんとは、月に一度くらいの頻度で会う様になっていた。

野津くんにお世話になったお礼に、ハイブランドの香水をプレゼントした。

何をあげるか、頭を悩ませた。

野津くんの方が稼いでるし、高過ぎても気を遣わせるから……。


ある日、次の現場に向かう移動時間にスマホでニュースを見てると、野津くんの熱愛記事が目に飛び込んで来た。

見出しは、人気アイドル野津八尋、ハーフモデル美女と初めての熱愛!だった。

相手はアリサちゃんで、隠し撮りの写真が載せられていた。

記事によると肩を寄せ合い、仲睦まじく歩く二人は、夜のホテル街へと消えて行ったと。


史上最悪な気分で、撮影に臨むハメになった。