『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』

「……私ね」

もう一度口を開く。

遼河さんは待っていた。

昨夜と同じ。

答えを急かさない。

言葉を奪わない。

だから。

今度こそ。

全部言いたかった。

「忘れたかった」

「……」

「日本を出た時も、もう全部忘れようって思った。遼河さんのことも、蘭のことも、家のことも」

海外へ出た日の空港。

搭乗口の向こうへ進みながら。

一度だけ振り返った。

誰かが来るはずもないのに。

それでも。

どこかで期待していた。

「向こうで勉強して、仕事して、忙しくしてたら……そのうち何とも思わなくなると思ってた」

息を吸った。

「でも、ならなかった」

その言葉は。

自分で思っていたより、静かに出た。

「思い出さない日は増えたよ。毎日考えてたわけじゃない。ちゃんと笑ったし、友達もできたし、仕事だって楽しかった」

それでも。

「忘れたわけじゃなかった」

どこかで名前を見れば。

胸が止まる。

似た背中を見れば。

無意識に振り返る。

日本のニュースで藤和の名前を目にしただけで。

記事を最後まで読んでしまう。

そんな自分が嫌だった。

「何年経っても、まだ好きなのかなって思う自分が嫌で……」

遼河さんが、わずかに目を伏せた。

「それなのに帰ってきたら」

私は鼻を啜りながら、思わず苦笑した。

「CEOなんだもの」

「それは俺のせいじゃない」

「分かってます。でも、最悪でした」

「最悪?」

「最悪です」

少しだけ睨む。

「初恋の人を十三年かけて忘れようとして、やっと普通に生きられるようになって日本へ帰ってきたら、その人が自分の上司ですよ? しかも専属秘書って、何の嫌がらせですか」

遼河さんの口元が、わずかに緩んだ。

「俺は嬉しかった」

「私は困りました」

「顔に出てた」

「知ってます」

「初日から」

「もういいです」

また笑った。

今度は。

少し長く。

笑いが静かに消えていったあと。

部屋に、朝の静けさが戻る。

でも。

さっきまでとは違った。

胸の中の固い何かが。

少しずつ解けている。

今なら。

言えるかもしれない。

そう思った。