「……私ね」
もう一度口を開く。
遼河さんは待っていた。
昨夜と同じ。
答えを急かさない。
言葉を奪わない。
だから。
今度こそ。
全部言いたかった。
「忘れたかった」
「……」
「日本を出た時も、もう全部忘れようって思った。遼河さんのことも、蘭のことも、家のことも」
海外へ出た日の空港。
搭乗口の向こうへ進みながら。
一度だけ振り返った。
誰かが来るはずもないのに。
それでも。
どこかで期待していた。
「向こうで勉強して、仕事して、忙しくしてたら……そのうち何とも思わなくなると思ってた」
息を吸った。
「でも、ならなかった」
その言葉は。
自分で思っていたより、静かに出た。
「思い出さない日は増えたよ。毎日考えてたわけじゃない。ちゃんと笑ったし、友達もできたし、仕事だって楽しかった」
それでも。
「忘れたわけじゃなかった」
どこかで名前を見れば。
胸が止まる。
似た背中を見れば。
無意識に振り返る。
日本のニュースで藤和の名前を目にしただけで。
記事を最後まで読んでしまう。
そんな自分が嫌だった。
「何年経っても、まだ好きなのかなって思う自分が嫌で……」
遼河さんが、わずかに目を伏せた。
「それなのに帰ってきたら」
私は鼻を啜りながら、思わず苦笑した。
「CEOなんだもの」
「それは俺のせいじゃない」
「分かってます。でも、最悪でした」
「最悪?」
「最悪です」
少しだけ睨む。
「初恋の人を十三年かけて忘れようとして、やっと普通に生きられるようになって日本へ帰ってきたら、その人が自分の上司ですよ? しかも専属秘書って、何の嫌がらせですか」
遼河さんの口元が、わずかに緩んだ。
「俺は嬉しかった」
「私は困りました」
「顔に出てた」
「知ってます」
「初日から」
「もういいです」
また笑った。
今度は。
少し長く。
笑いが静かに消えていったあと。
部屋に、朝の静けさが戻る。
でも。
さっきまでとは違った。
胸の中の固い何かが。
少しずつ解けている。
今なら。
言えるかもしれない。
そう思った。
もう一度口を開く。
遼河さんは待っていた。
昨夜と同じ。
答えを急かさない。
言葉を奪わない。
だから。
今度こそ。
全部言いたかった。
「忘れたかった」
「……」
「日本を出た時も、もう全部忘れようって思った。遼河さんのことも、蘭のことも、家のことも」
海外へ出た日の空港。
搭乗口の向こうへ進みながら。
一度だけ振り返った。
誰かが来るはずもないのに。
それでも。
どこかで期待していた。
「向こうで勉強して、仕事して、忙しくしてたら……そのうち何とも思わなくなると思ってた」
息を吸った。
「でも、ならなかった」
その言葉は。
自分で思っていたより、静かに出た。
「思い出さない日は増えたよ。毎日考えてたわけじゃない。ちゃんと笑ったし、友達もできたし、仕事だって楽しかった」
それでも。
「忘れたわけじゃなかった」
どこかで名前を見れば。
胸が止まる。
似た背中を見れば。
無意識に振り返る。
日本のニュースで藤和の名前を目にしただけで。
記事を最後まで読んでしまう。
そんな自分が嫌だった。
「何年経っても、まだ好きなのかなって思う自分が嫌で……」
遼河さんが、わずかに目を伏せた。
「それなのに帰ってきたら」
私は鼻を啜りながら、思わず苦笑した。
「CEOなんだもの」
「それは俺のせいじゃない」
「分かってます。でも、最悪でした」
「最悪?」
「最悪です」
少しだけ睨む。
「初恋の人を十三年かけて忘れようとして、やっと普通に生きられるようになって日本へ帰ってきたら、その人が自分の上司ですよ? しかも専属秘書って、何の嫌がらせですか」
遼河さんの口元が、わずかに緩んだ。
「俺は嬉しかった」
「私は困りました」
「顔に出てた」
「知ってます」
「初日から」
「もういいです」
また笑った。
今度は。
少し長く。
笑いが静かに消えていったあと。
部屋に、朝の静けさが戻る。
でも。
さっきまでとは違った。
胸の中の固い何かが。
少しずつ解けている。
今なら。
言えるかもしれない。
そう思った。

