遼河さんは何も言わなかった。
ただ。
逃げずに私を見ていた。
「それまで遼河さんに会えるのが楽しみだったのに。会ったら駄目だと思って。話したら、もっと好きになるから……だから、なるべく近づかないようにして」
思い出す。
廊下の向こうに遼河さんを見つけたら。
別の道へ逃げた。
声を掛けられても、必要以上に話さなかった。
本当は。
振り返りたかった。
もっと話したかった。
以前みたいに笑いたかった。
「なのに遼河さんは普通に話しかけてくるし、“何で避けるんだ”って聞くし……」
涙が頬を伝った。
「私、何も言えなかった」
長い沈黙のあと。
遼河さんが、低く呟いた。
「……そういうことだったのか」
胸が。
また痛んだ。
「知らなかった?」
「ああ」
「……そっか」
当たり前だった。
私は何も言わなかった。
遼河さんは何も知らなかった。
私が勝手に傷ついて。
勝手に諦めて。
勝手に離れた。
あの頃。
遼河さんの方も何かを思っていたかもしれないなんて。
一度も考えなかった。
「それから何年経っても、蘭は遼河さんのことを自分の婚約者みたいに言ってた」
涙を指で拭いながら、私は小さく笑った。
「だから、そういうものなんだと思ってた。私が知らないところで話が進んでるんだって」
しばらく黙って。
自嘲するように息を漏らす。
「……本当に、馬鹿みたい」
「馬鹿じゃない」
即座に返ってきた。
顔を上げる。
「馬鹿です。本人に一度も確認しないまま、十三年ですよ?」
「十三歳のお前に、それを俺へ確認しろっていう方が無理だろ」
「でも……」
「それに」
遼河さんの声が少し低くなった。
「俺も悪い」
思わず瞬きをした。
「何で?」
「お前が突然距離を取った理由を、ちゃんと聞かなかった」
「聞かれても、たぶん言わなかったと思う」
「それでもだ」
遼河さんは視線を逸らさなかった。
「何度でも聞けばよかった。放っておかなければよかった」
「……遼河さんらしくない」
「何が」
「自分が悪いって認めるの」
「お前、俺を何だと思ってる」
「いつも自分が正しいと思ってる人」
「随分な評価だな」
思わず笑った。
涙が残ったまま。
でも。
ちゃんと笑えた。
そのことが。
少しだけ嬉しかった。
泣くことしかできなかった十三歳の自分へ。
今の私は。
大丈夫だよと言える気がした。
ただ。
逃げずに私を見ていた。
「それまで遼河さんに会えるのが楽しみだったのに。会ったら駄目だと思って。話したら、もっと好きになるから……だから、なるべく近づかないようにして」
思い出す。
廊下の向こうに遼河さんを見つけたら。
別の道へ逃げた。
声を掛けられても、必要以上に話さなかった。
本当は。
振り返りたかった。
もっと話したかった。
以前みたいに笑いたかった。
「なのに遼河さんは普通に話しかけてくるし、“何で避けるんだ”って聞くし……」
涙が頬を伝った。
「私、何も言えなかった」
長い沈黙のあと。
遼河さんが、低く呟いた。
「……そういうことだったのか」
胸が。
また痛んだ。
「知らなかった?」
「ああ」
「……そっか」
当たり前だった。
私は何も言わなかった。
遼河さんは何も知らなかった。
私が勝手に傷ついて。
勝手に諦めて。
勝手に離れた。
あの頃。
遼河さんの方も何かを思っていたかもしれないなんて。
一度も考えなかった。
「それから何年経っても、蘭は遼河さんのことを自分の婚約者みたいに言ってた」
涙を指で拭いながら、私は小さく笑った。
「だから、そういうものなんだと思ってた。私が知らないところで話が進んでるんだって」
しばらく黙って。
自嘲するように息を漏らす。
「……本当に、馬鹿みたい」
「馬鹿じゃない」
即座に返ってきた。
顔を上げる。
「馬鹿です。本人に一度も確認しないまま、十三年ですよ?」
「十三歳のお前に、それを俺へ確認しろっていう方が無理だろ」
「でも……」
「それに」
遼河さんの声が少し低くなった。
「俺も悪い」
思わず瞬きをした。
「何で?」
「お前が突然距離を取った理由を、ちゃんと聞かなかった」
「聞かれても、たぶん言わなかったと思う」
「それでもだ」
遼河さんは視線を逸らさなかった。
「何度でも聞けばよかった。放っておかなければよかった」
「……遼河さんらしくない」
「何が」
「自分が悪いって認めるの」
「お前、俺を何だと思ってる」
「いつも自分が正しいと思ってる人」
「随分な評価だな」
思わず笑った。
涙が残ったまま。
でも。
ちゃんと笑えた。
そのことが。
少しだけ嬉しかった。
泣くことしかできなかった十三歳の自分へ。
今の私は。
大丈夫だよと言える気がした。

