『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』

遼河さんは何も言わなかった。

ただ。

逃げずに私を見ていた。

「それまで遼河さんに会えるのが楽しみだったのに。会ったら駄目だと思って。話したら、もっと好きになるから……だから、なるべく近づかないようにして」

思い出す。

廊下の向こうに遼河さんを見つけたら。

別の道へ逃げた。

声を掛けられても、必要以上に話さなかった。

本当は。

振り返りたかった。

もっと話したかった。

以前みたいに笑いたかった。

「なのに遼河さんは普通に話しかけてくるし、“何で避けるんだ”って聞くし……」

涙が頬を伝った。

「私、何も言えなかった」

長い沈黙のあと。

遼河さんが、低く呟いた。

「……そういうことだったのか」

胸が。

また痛んだ。

「知らなかった?」

「ああ」

「……そっか」

当たり前だった。

私は何も言わなかった。

遼河さんは何も知らなかった。

私が勝手に傷ついて。

勝手に諦めて。

勝手に離れた。

あの頃。

遼河さんの方も何かを思っていたかもしれないなんて。

一度も考えなかった。

「それから何年経っても、蘭は遼河さんのことを自分の婚約者みたいに言ってた」

涙を指で拭いながら、私は小さく笑った。

「だから、そういうものなんだと思ってた。私が知らないところで話が進んでるんだって」

しばらく黙って。

自嘲するように息を漏らす。

「……本当に、馬鹿みたい」

「馬鹿じゃない」

即座に返ってきた。

顔を上げる。

「馬鹿です。本人に一度も確認しないまま、十三年ですよ?」

「十三歳のお前に、それを俺へ確認しろっていう方が無理だろ」

「でも……」

「それに」

遼河さんの声が少し低くなった。

「俺も悪い」

思わず瞬きをした。

「何で?」

「お前が突然距離を取った理由を、ちゃんと聞かなかった」

「聞かれても、たぶん言わなかったと思う」

「それでもだ」

遼河さんは視線を逸らさなかった。

「何度でも聞けばよかった。放っておかなければよかった」

「……遼河さんらしくない」

「何が」

「自分が悪いって認めるの」

「お前、俺を何だと思ってる」

「いつも自分が正しいと思ってる人」

「随分な評価だな」

思わず笑った。

涙が残ったまま。

でも。

ちゃんと笑えた。

そのことが。

少しだけ嬉しかった。

泣くことしかできなかった十三歳の自分へ。

今の私は。

大丈夫だよと言える気がした。