「覚えてるのか」
「……かなり」
「そうか」
「……それだけ?」
「何が」
「もっと何かないんですか」
「例えば」
「私が変なこと言ってたとか……」
ほんの一瞬。
遼河さんの口元が動いた。
私は見逃さなかった。
「今、笑いました?」
「笑ってない」
「絶対笑った」
「気のせいだ」
「……もういいです。覚えてますから」
「なら聞く必要ないだろ」
「確認したかったんです」
「何を」
何を。
その一言で。
言葉が止まった。
本当に確認したいことは。
そこではない。
昨夜。
何度も聞いた。
酔った頭でも理解した。
それでも。
今の私が。
何の言い訳もできない、素面の私が。
もう一度。
ちゃんと聞きたかった。
「……蘭とのこと」
遼河さんの表情が変わった。
わずかに残っていた笑みが消える。
「覚えてるんだな」
「うん」
「なら、もう一度言う」
遼河さんは、まっすぐ私を見た。
「俺と蘭さんが婚約した事実は、一度もない」
胸が。
小さく跳ねる。
「俺が受け入れたこともない。両親も了承していない」
昨夜と同じ言葉だった。
なのに。
お酒の入っていない頭で聞くその言葉は。
昨日より何倍も重かった。
十三年間。
絶対に変わらない事実だと思っていたものが。
音もなく。
崩れていく。
「……本当に?」
「ああ」
「一度も?」
「一度もない」
「お家同士で……そういう話になったことも?」
「周囲が勝手に口にしたことはあった」
遼河さんの眉間に、わずかに皺が寄る。
「でも、俺も両親も受け入れていない。正式に話が進んだことも一度もない」
「……じゃあ」
声が出なかった。
喉の奥が詰まる。
嬉しい。
嬉しいはずなのに。
なぜか泣きたくなった。
十三年間。
何度も自分へ言い聞かせた。
仕方ない。
遼河さんには蘭がいる。
私は妹みたいなもの。
好きでいる方がおかしい。
諦めなければいけない。
そうやって。
何度も。
何度も。
自分で自分の気持ちを押し潰してきた。
それが。
全部。
必要なかったのだとしたら。
「じゃあ……」
もう一度、声を絞り出した。
「私……何してたんだろう」
「綾乃?」
「十三歳の時」
自分の声が震えているのが分かった。
「蘭から聞いたの。遼河さんと婚約するって。家同士でも決まってるって……」
初めてだった。
ずっと胸の奥へしまい込んでいたあの日を。
本人へ話すのは。
「私ね……あの時、すごく嫌だった」
言葉にした途端。
十三歳の自分が、急に胸の中へ戻ってきた。
何も知らなくて。
好きという感情の扱い方すら分からなくて。
それでも。
遼河さんに会える日は嬉しくて。
何を話そう。
今日は笑ってくれるかな。
そんなことばかり考えていた少女。
「でも、嫌だって思う自分の方が悪いんだと思った」
目の奥が熱くなる。
「だって遼河さんは六歳も年上で、私はまだ子どもで。蘭は嬉しそうに“婚約者になるんだ”って言ってて……」
あの日の蘭の顔まで。
思い出した。
得意げで。
嬉しそうで。
それを聞いた私は。
笑うしかなかった。
「だから……私が遼河さんを好きでいる方がおかしいんだって思った」
「……かなり」
「そうか」
「……それだけ?」
「何が」
「もっと何かないんですか」
「例えば」
「私が変なこと言ってたとか……」
ほんの一瞬。
遼河さんの口元が動いた。
私は見逃さなかった。
「今、笑いました?」
「笑ってない」
「絶対笑った」
「気のせいだ」
「……もういいです。覚えてますから」
「なら聞く必要ないだろ」
「確認したかったんです」
「何を」
何を。
その一言で。
言葉が止まった。
本当に確認したいことは。
そこではない。
昨夜。
何度も聞いた。
酔った頭でも理解した。
それでも。
今の私が。
何の言い訳もできない、素面の私が。
もう一度。
ちゃんと聞きたかった。
「……蘭とのこと」
遼河さんの表情が変わった。
わずかに残っていた笑みが消える。
「覚えてるんだな」
「うん」
「なら、もう一度言う」
遼河さんは、まっすぐ私を見た。
「俺と蘭さんが婚約した事実は、一度もない」
胸が。
小さく跳ねる。
「俺が受け入れたこともない。両親も了承していない」
昨夜と同じ言葉だった。
なのに。
お酒の入っていない頭で聞くその言葉は。
昨日より何倍も重かった。
十三年間。
絶対に変わらない事実だと思っていたものが。
音もなく。
崩れていく。
「……本当に?」
「ああ」
「一度も?」
「一度もない」
「お家同士で……そういう話になったことも?」
「周囲が勝手に口にしたことはあった」
遼河さんの眉間に、わずかに皺が寄る。
「でも、俺も両親も受け入れていない。正式に話が進んだことも一度もない」
「……じゃあ」
声が出なかった。
喉の奥が詰まる。
嬉しい。
嬉しいはずなのに。
なぜか泣きたくなった。
十三年間。
何度も自分へ言い聞かせた。
仕方ない。
遼河さんには蘭がいる。
私は妹みたいなもの。
好きでいる方がおかしい。
諦めなければいけない。
そうやって。
何度も。
何度も。
自分で自分の気持ちを押し潰してきた。
それが。
全部。
必要なかったのだとしたら。
「じゃあ……」
もう一度、声を絞り出した。
「私……何してたんだろう」
「綾乃?」
「十三歳の時」
自分の声が震えているのが分かった。
「蘭から聞いたの。遼河さんと婚約するって。家同士でも決まってるって……」
初めてだった。
ずっと胸の奥へしまい込んでいたあの日を。
本人へ話すのは。
「私ね……あの時、すごく嫌だった」
言葉にした途端。
十三歳の自分が、急に胸の中へ戻ってきた。
何も知らなくて。
好きという感情の扱い方すら分からなくて。
それでも。
遼河さんに会える日は嬉しくて。
何を話そう。
今日は笑ってくれるかな。
そんなことばかり考えていた少女。
「でも、嫌だって思う自分の方が悪いんだと思った」
目の奥が熱くなる。
「だって遼河さんは六歳も年上で、私はまだ子どもで。蘭は嬉しそうに“婚約者になるんだ”って言ってて……」
あの日の蘭の顔まで。
思い出した。
得意げで。
嬉しそうで。
それを聞いた私は。
笑うしかなかった。
「だから……私が遼河さんを好きでいる方がおかしいんだって思った」

