空港の外へ出る。
少し湿り気を含んだ春の風が吹き抜け、長い髪をふわりと揺らした。
思わず足を止めて、空を見上げる。
――帰ってきたんだ。
五年前に日本を離れてから、一度も帰国しなかった。
カリフォルニアでの暮らしは、それまでの私が知らなかったものばかりだった。
大学へ三年次編入し、予定より早く卒業した。
その後も学びながら、トーマスがCEOを務めるMÉLA VIE ENCA GROUPで、さまざまな仕事を経験させてもらった。
財務や契約。
海外企業との交渉。
M&Aに関わる案件。
役員会議やVIP対応。
最初は何もかも必死だった。
けれど、不思議と苦ではなかった。
勉強すれば、その分だけ新しいことを知ることができる。
仕事を任されれば、自分で考えることを求められる。
意見を言えば、きちんと聞いてもらえる。
間違えれば注意されることだってある。
それでも、人格まで否定されることはなかった。
努力したことを、努力したこととして認めてもらえる。
ただそれだけのことが、当時の私には新鮮だった。
資格もいくつか取った。
任せてもらえる仕事も増えた。
けれど、この五年間で得た一番大きなものは、そんなものではない気がする。
家族と一緒に食卓を囲むこと。
疲れた時には「疲れた」と言えること。
好きな場所へ、自分の意思で出掛けること。
好きな服を選び。
好きなものを食べ。
明日の予定を、自分で決める。
誰かにとっては、当たり前なのかもしれない毎日。
私はカリフォルニアへ行って、初めて知った。
何気ない日常の中にこそ、幸せは静かに息づいているのだと。
実の母である真悠子も、その夫のトーマスも、日本で私がどんな暮らしをしていたのか、無理に聞き出そうとはしなかった。
三人の弟たちも同じだった。
何があったのか。
どうして突然、アメリカへ来ることになったのか。
私が自分から話せるようになるまで、誰も急かさず待っていてくれた。
きっと、それでよかったのだと思う。
聞かれなかったからこそ、私は少しずつ、自分の中に残っていたものと向き合えるようになった。
寂しくなかったわけではない。
時折、ふと思うこともあった。
もし、どこかで何か一つ違っていたなら。
私の人生も、まったく別のものになっていたのだろうか、と。
それでも。
