『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』

藤和グループの創立記念パーティーから、一週間ほどが過ぎた。

あの日、大勢の前で遼河さん本人から婚約話をきっぱり否定された蘭は、さすがにしばらく大人しくなるだろう。

私は本気でそう思っていた。

普通なら、あれだけはっきり、

『そのような事実はありません』

と言われれば、一度くらい自分の言動を振り返る。

少なくとも。

私ならそうする。

けれど。

どうやら私は、蘭という人間を少し甘く見ていたらしい。

その日の午前。

私は秘書課のデスクで、午後の会議資料を確認していた。

遼河さんは別フロアで経営会議。

城之内さんは少し離れた席で、来週の予定を調整している。

珍しく静かな午前だった。

今日は落ち着いて仕事ができそう。

そう思っていた、その時。

業務端末の右上に、小さな通知音とともに来訪者情報が表示された。

何気なく視線を向ける。

そして。

手が止まった。

《来訪者通知》

来訪者:鷹宮 蘭

訪問希望先:代表取締役CEO 藤和遼河

アポイント登録:なし

「……は?」

思わず声が出た。

見間違いかと思って画面を見直す。

でも。

何度見ても。

鷹宮蘭。

「何で?」

小さく漏れた声に、城之内さんが顔を上げた。

「どうしました?」

「……来ました」

「何がです?」

「蘭が」

城之内さんの手が止まる。

「ここへ?」

「はい」

画面を向けると、表示を確認した城之内さんは、わずかに眉を寄せた。

「アポイントなしですね」

「ですね」

「では、通常対応でお断りになります」

「ですよね」

それで終わる。

――はずだった。

KSサイエンスの受付は無人で、来訪者はエントランスのAI受付端末から本人確認と訪問先の入力を行う。

事前登録されたアポイントが確認できれば、該当部署へ通知が入り、必要な認証を経て入館ゲートが開く。

逆に。

登録がなければ。

基本的に、入れない。

当然、蘭の前にある画面には、

《登録済みのアポイントが確認できません》

《藤和CEOへの面会は承認されませんでした》

そう表示されているはずだった。

私はそこで仕事へ戻ろうとした。

けれど。

数秒後。

また通知が入る。

《来訪者からメッセージがあります》

画面を開く。

《藤和遼河さんとは昔からの知り合いです。本人に確認してください》

「……」

本人に確認してもらえる前提なのが、すごい。

AIは至って冷静だった。

《“以前からの知り合い”であることは、当社の入館資格には該当しません》

「……強い」

思わず漏れた。

城之内さんも画面を見る。

「標準文言です」

「標準でこれなんですね」

「セキュリティ部門監修ですから」

なるほど。

真崎。

納得しかない。

また通知。

《私は鷹宮綾乃の妹です。姉に確認してください》

今度は。

私?

「何で私まで使うのよ」

AIは一切の忖度なく答える。

《ご家族・ご友人であることは、面会権限を意味しません》

続けて。

《鷹宮綾乃様との親族関係は、藤和CEOへの面会承認条件には該当しません》

「……」

ちょっと好きかもしれない。