『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』

蘭は何も言えなくなった。

顔がみるみる赤くなっていく。

私は、その横顔を見ながら。

不思議な気持ちになっていた。

十三歳の私が。

もし、この言葉を聞けていたら。

どれほど救われただろう。

そう思わないわけではない。

けれど。

今さら過去をやり直したいとは思わなかった。

あの頃の私にはできなかったことを。

今の私はできる。

それでいい。

早紀子さんが、慌てたように笑顔を作った。

「まあ、蘭ったら。昔の子どもの頃のお話を、こんなところで――」

誤魔化そうとしているのは明らかだった。

その時。

ジュリアンが、何事もなかったように英語で私へ声をかけた。

“Ayano, we need you at the next table.”

――綾乃、次のテーブルで君が必要だ。

来た。

例の作戦。

“Of course.”

――もちろん。

そう返した途端。

一ノ瀬さんまで自然に会話へ加わる。

“The overseas guests are waiting.”

――海外からのお客様がお待ちです。

さらに城之内さんまで。

“Everything is ready.”

――準備はすべて整っています。

……本当に全員でやるんだ。

危うく笑いそうになった。

突然始まった英語の会話に。

早紀子さんと蘭は入り込めず、その場に取り残される。

ジュリアンは蘭へ完璧な笑顔を向けた。

“Excuse us.”

――では、失礼します。

どう見ても。

日本語を一言も理解できない外国人の顔だった。

全部分かっているくせに。

「では、失礼いたします」

私は二人へそれだけ告げ。

遼河さんたちと、その場を離れた。

少し歩いたところで。

我慢できずにジュリアンへ小声で言う。

「……あれ、反則じゃない?」

“I have no idea what you’re talking about.”

――何のことを言っているのか、僕にはさっぱり分からないな。

「もう日本語でいいから」

「何のこと?」

「性格悪い」

「ありがとう」

「褒めてない」

思わず笑った。

そのあと。

何気なく振り返った。

少し離れた場所に。

早紀子さんと蘭が立っている。

二人とも。

こちらを見ていた。

昔。

私にとって、あの二人はとても大きな存在だった。

逆らえない。

逃げられない。

どれだけ嫌でも。

あの家で生きていくためには、従うしかない。

そう思っていた。

でも。

今、華やかな会場の向こうに立つ二人を見ていると。

記憶の中より、ずっと小さく見えた。

二人が変わったわけではない。

きっと。

私が、あの家にいた頃より。

ずっと遠くまで歩いてきただけなのだ。

「綾乃」

隣から遼河さんの声がした。

「はい」

「行くぞ」

「はい」

前を向く。

それでよかった。

もう。

後ろばかり見て歩く必要はない。