『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』

近くにいた数人が振り返った。

久しぶりに聞く、その呼び方。

私はただ、仕事用の笑顔を作った。

「お久しぶりです」

蘭の表情が、わずかに引きつった。

「何で……」

その視線が。

私の服へ。

胸元の社員証へ。

そして。

隣に立つ遼河さんへ移った。

途端に。

蘭の顔つきが変わった。

「……遼河さん?」

声まで変わる。

遼河さんは、取引先へ挨拶する時と何ら変わらない表情で答えた。

「お久しぶりです」

それだけ。

蘭が、少し戸惑ったように瞬きをした。

もっと親しげな反応を期待していたのだろう。

けれど遼河さんが示したのは。

知人以上でも以下でもない距離だった。

「お姉様」

今度は私へ向き直る。

「どうしてここにいるの?」

「仕事です」

「仕事?」

「はい」

「何の?」

胸元の社員証へ軽く触れた。

「KSサイエンスで、藤和CEOの専属秘書をしております」

「……秘書?」

蘭の顔から、表情が消えた。

隣では。

早紀子さんが何も言わず、私を見ている。

顔。

髪。

服。

靴。

まるで何かを確かめるように、ゆっくり視線を動かしている。

「綾乃」

久しぶりに呼ばれた名前。

「いつ、日本へ戻っていたの?」

「しばらく前からです」

「しばらくって、いつ?」

「仕事がございますので、失礼いたします」

それ以上、説明する必要はない。

私はいつ帰国したのか。

どこに住んでいるのか。

どこで働いているのか。

この人たちへ許可を求める必要はない。

それだけのことだった。

ところが。

そのまま会話を終わらせようとした私をよそに。

蘭が遼河さんの前へ一歩出た。

「遼河さん」

声が一気に甘くなる。

「本当にお久しぶりです。私、ずっと――」

「蘭」

早紀子さんが小さく制した。

けれど。

蘭の目には遼河さんしか映っていなかった。

「お父様から何も聞いてませんでした?」

「何をですか?」

遼河さんの声は淡々としている。

蘭は少し笑った。

「嫌だ。昔からのお話でしょう?」

その言い方を聞いた瞬間。

嫌な予感がした。

まさか。

ここで。

言わないよね。

周囲には藤和グループの関係者も取引先もいる。

少し離れた場所には、隆史さんの姿だって見える。

けれど。

蘭は周囲など見えていなかった。

「私と遼河さんは、婚約することになっていたでしょう?」