近くにいた数人が振り返った。
久しぶりに聞く、その呼び方。
私はただ、仕事用の笑顔を作った。
「お久しぶりです」
蘭の表情が、わずかに引きつった。
「何で……」
その視線が。
私の服へ。
胸元の社員証へ。
そして。
隣に立つ遼河さんへ移った。
途端に。
蘭の顔つきが変わった。
「……遼河さん?」
声まで変わる。
遼河さんは、取引先へ挨拶する時と何ら変わらない表情で答えた。
「お久しぶりです」
それだけ。
蘭が、少し戸惑ったように瞬きをした。
もっと親しげな反応を期待していたのだろう。
けれど遼河さんが示したのは。
知人以上でも以下でもない距離だった。
「お姉様」
今度は私へ向き直る。
「どうしてここにいるの?」
「仕事です」
「仕事?」
「はい」
「何の?」
胸元の社員証へ軽く触れた。
「KSサイエンスで、藤和CEOの専属秘書をしております」
「……秘書?」
蘭の顔から、表情が消えた。
隣では。
早紀子さんが何も言わず、私を見ている。
顔。
髪。
服。
靴。
まるで何かを確かめるように、ゆっくり視線を動かしている。
「綾乃」
久しぶりに呼ばれた名前。
「いつ、日本へ戻っていたの?」
「しばらく前からです」
「しばらくって、いつ?」
「仕事がございますので、失礼いたします」
それ以上、説明する必要はない。
私はいつ帰国したのか。
どこに住んでいるのか。
どこで働いているのか。
この人たちへ許可を求める必要はない。
それだけのことだった。
ところが。
そのまま会話を終わらせようとした私をよそに。
蘭が遼河さんの前へ一歩出た。
「遼河さん」
声が一気に甘くなる。
「本当にお久しぶりです。私、ずっと――」
「蘭」
早紀子さんが小さく制した。
けれど。
蘭の目には遼河さんしか映っていなかった。
「お父様から何も聞いてませんでした?」
「何をですか?」
遼河さんの声は淡々としている。
蘭は少し笑った。
「嫌だ。昔からのお話でしょう?」
その言い方を聞いた瞬間。
嫌な予感がした。
まさか。
ここで。
言わないよね。
周囲には藤和グループの関係者も取引先もいる。
少し離れた場所には、隆史さんの姿だって見える。
けれど。
蘭は周囲など見えていなかった。
「私と遼河さんは、婚約することになっていたでしょう?」
久しぶりに聞く、その呼び方。
私はただ、仕事用の笑顔を作った。
「お久しぶりです」
蘭の表情が、わずかに引きつった。
「何で……」
その視線が。
私の服へ。
胸元の社員証へ。
そして。
隣に立つ遼河さんへ移った。
途端に。
蘭の顔つきが変わった。
「……遼河さん?」
声まで変わる。
遼河さんは、取引先へ挨拶する時と何ら変わらない表情で答えた。
「お久しぶりです」
それだけ。
蘭が、少し戸惑ったように瞬きをした。
もっと親しげな反応を期待していたのだろう。
けれど遼河さんが示したのは。
知人以上でも以下でもない距離だった。
「お姉様」
今度は私へ向き直る。
「どうしてここにいるの?」
「仕事です」
「仕事?」
「はい」
「何の?」
胸元の社員証へ軽く触れた。
「KSサイエンスで、藤和CEOの専属秘書をしております」
「……秘書?」
蘭の顔から、表情が消えた。
隣では。
早紀子さんが何も言わず、私を見ている。
顔。
髪。
服。
靴。
まるで何かを確かめるように、ゆっくり視線を動かしている。
「綾乃」
久しぶりに呼ばれた名前。
「いつ、日本へ戻っていたの?」
「しばらく前からです」
「しばらくって、いつ?」
「仕事がございますので、失礼いたします」
それ以上、説明する必要はない。
私はいつ帰国したのか。
どこに住んでいるのか。
どこで働いているのか。
この人たちへ許可を求める必要はない。
それだけのことだった。
ところが。
そのまま会話を終わらせようとした私をよそに。
蘭が遼河さんの前へ一歩出た。
「遼河さん」
声が一気に甘くなる。
「本当にお久しぶりです。私、ずっと――」
「蘭」
早紀子さんが小さく制した。
けれど。
蘭の目には遼河さんしか映っていなかった。
「お父様から何も聞いてませんでした?」
「何をですか?」
遼河さんの声は淡々としている。
蘭は少し笑った。
「嫌だ。昔からのお話でしょう?」
その言い方を聞いた瞬間。
嫌な予感がした。
まさか。
ここで。
言わないよね。
周囲には藤和グループの関係者も取引先もいる。
少し離れた場所には、隆史さんの姿だって見える。
けれど。
蘭は周囲など見えていなかった。
「私と遼河さんは、婚約することになっていたでしょう?」
