『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』

お父様がすべてを告白したあの日から、数週間が過ぎた。

国内での治療と検査を終え、移動に耐えられるまで体調が整ったところで、お父様は予定どおり日本を離れることになった。

向かった先は、カリフォルニア。

真悠子――私の母の元だった。

そこまでは聞いていた。

けれど、実際の移動方法を知った時には、さすがに呆れを通り越して言葉を失った。

藤和グループ所有のプライベートジェット。

しかも搭乗者だけではなく、出発日時や移動経路まで必要最低限の関係者にしか知らされず、空港へ入るところから現地へ到着するまで、徹底して情報を伏せた状態で移送されたという。

「……本当に、そこまでする必要ある?」

そう尋ねた私に、遼河さんは眉ひとつ動かさなかった。

「あるからやった」

「病人一人運ぶだけよね?」

「宏輝さんがどこにいるか知られる方が面倒だ」

「……国家機密みたい」

「似たようなものだろ」

似てない。

たぶん。

でも、ここまで来ると反論する気にもならなかった。

結局、私は最後の見送りにも行けなかった。

誰かに姿を見られれば、そこから余計な詮索が始まる可能性がある。

長い時間をかけて慎重に積み上げてきたものを、最後の最後で台無しにするわけにはいかない。

頭では理解していた。

だから、お父様との最後のやり取りは電話だけだった。

『行ってくる』

少し疲れた声だったけれど、病室で聞いた時よりは力が戻っていた。

「ちゃんと治してきてね」

『分かっている』

「本当に?」

『今度は医者の言うことを聞く』

「二年前にそうしてほしかったんだけど」

一瞬の沈黙のあと、電話の向こうから小さな笑い声が聞こえた。

『それについては、もう何も言い返せないな』

「当たり前です」

そんな会話ができたことが、不思議だった。

以前なら、お父様とこんなふうに冗談とも文句ともつかない言葉を交わすことなんてなかった。

親子なのに、長い間どこか遠かった。

話したいことがあっても話せず。

聞きたいことがあっても聞けず。

お互いに相手が何を考えているのか分からないまま、気づけば何年も過ぎていた。

病気になったから距離が縮まったなんて、喜べることではない。

それでも。

次に会う時は、今までより少しだけ普通の父娘でいられたらいい。

そう思った。

お父様には、志水さんも同行することになっていた。

半年。

場合によっては、それ以上。

当然のように同行の準備を進めている志水さんへ、私はどうしても一つだけ聞いておきたいことがあった。

「志水さん、ご家族は本当に大丈夫なの?」

電話の向こうで、少しだけ間があった。

『はい。事情のすべてを話しているわけではございませんが、長期の海外同行になることは伝えております』

「何て言ってた?」

『行ってこい、と』

その答えがあまりにも簡潔で。

逆に胸へ残った。

『私が長く旦那様のおそばに仕えてきたことも、家族は理解しておりますので。何も言わず送り出してくれました』

それは、決して当たり前のことではない。

仕事だから。

秘書だから。

それだけで、半年もの間家族と離れて海外へ同行することを当然にはできない。

志水さんがお父様を長年支えてきたその裏で。

志水さんの家族もまた、ずっと彼を支えてきたのだ。

今まで私は、そこまで考えたことがなかった。

「帰ってきたら」

自然に言葉が出た。

「私からも、ご家族にちゃんとお礼を言わせて」

電話の向こうで、志水さんが少し笑った気配がした。

『それは――すべて解決してからにいたしましょう』

「どうして?」

『その時でしたら、私も胸を張ってご紹介できますから』

いつもの落ち着いた声。

けれど。

その奥にある思いが、少しだけ伝わった気がした。

「……じゃあ、絶対に帰ってきてね」

『もちろんでございます』

それだけで十分だった。