『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』

入社二日目。

午前七時五十分。

KSサイエンスの地下駐車場へ車を滑り込ませながら、私は小さく息を吐いた。

昨日より、ほぼ三十分も早い。

理由は簡単。

昨夕、遼河さんに言われたからだ。

『明日の予定を全部組み直せ』

あの一言のおかげで、帰宅してからも頭の中ではずっと予定表が回っていた。

もちろん、仕事そのものを家へ持ち帰ったわけではない。

機密資料は社外へ出せない。

ただ。

あの会議をここへ移して。

移動時間を確保して。

海外との時差を考えたら、この案件は午前中。

昼食時間も最低三十分は確保して――。

考え始めたら止まらなくなった。

「完全に仕事人間の思考になってる……」

車を指定されたスペースへ停める。

昨日とは違い、今日は迎えなど必要ない。

社員証もある。

入館方法も分かった。

何より。

CEO自ら地下駐車場で待ち構えられる心配もない。

車を降り、社員用エレベーターへ向かう。

「今日は平和に始まりそう」

そう思った。

――甘かった。

CEOフロアへ到着し、秘書課のデスクへ向かった瞬間。

「おはよう、鷹宮さん」

城之内さんが声をかけてきた。

「おはようございます」

「早いですね」

「昨日、予定を組み直すよう言われましたので、念のため早めに」

「なるほど」

城之内さんが、少しだけ遠い目をした。

「藤和CEOの洗礼を受けましたね」

「洗礼……」

「本人は無茶を言っているつもりがないので、余計に厄介なんです」

ですよね。

危うく全力で頷きそうになった。

「鷹宮さん」

「はい」

「今、同意しかけました?」

「しておりません」

「そうですか」

絶対にばれてる。

自分のデスクへ向かい、業務端末を立ち上げる。

昨日組み直した予定を最終確認する。

八時三十分。

経営戦略会議。

十時。

国内開発部門レビュー。

十一時。

欧州支社とのオンライン会議。

十二時。

昼食。

十三時。

M&A案件事前協議。

十五時。

大手通信企業との商談。

十七時。

役員会。

十九時。

会食。

昨日よりは。

ほんの少しだけ余白がある。

本当に、ほんの少しだけだけど。

「これなら昨日よりマシ……」

「何がマシなんだ?」

背後から声がした。

「っ!」

振り返る。

遼河さんが立っていた。

「藤和CEO。おはようございます」

「ああ」

「いつからそこに?」

「今来た」

絶対嘘。

また独り言を聞かれた気がする。

「予定を見せろ」

「はい」

端末を渡す。

遼河さんの目が、上から下まで素早く動く。

数秒。

「昼が三十分ある」

「あります」

「昨日は十五分だった」

「昨日が短すぎたんです」

「十五分あれば食べられる」

「食べられるかどうかではありません」

遼河さんが顔を上げる。

「午後の判断力を落とさないためにも、最低限の休憩は必要です。移動時間も昨日より余裕を持たせました」

「会議が延びたら?」

「そのための余白です」

「十五時の商談前に三十分空いているな」

「予備時間です。資料確認にも使えます」

「十九時の会食まで一時間」

「移動と着替えを含めています」

そこまで答えたところで。

遼河さんが端末を返した。

「問題ない」

「……それだけですか?」

「何がだ」

「昨日、全部組み直せと仰ったので」

「組み直せている」

「はい」

「なら問題ない」

褒めるでもなく。

文句を言うでもなく。

ただ、それだけ。

なのに。

なぜか少し嬉しい。

昨日から、何なの。

この感覚。

「それから」

嫌な予感。

「はい」

「コーヒー」

やっぱり。

「午前は十時前でしたよね」

「ああ」

「覚えています」

「ならいい」

「自分で淹れるという選択肢は?」

「ある」

「あるんですか」

「ああ」

「では――」

「だが、お前がいる」

そう来る?

「……専属秘書って、本当に何でもありなんですね」

「昨日理解しただろう」

「理解したくなかっただけです」

「聞こえているぞ」

「今日は聞こえるように言いました」

遼河さんの口元が、わずかに緩んだ。

「慣れてきたな」

「何にですか」

「俺に」

一瞬。

言葉が止まる。

さらっと言わないで。

「……仕事にです」

言い返す。

「そうか」

遼河さんは、それ以上何も言わず執務室へ入っていった。