午後。
北米案件の打ち合わせが終わった頃には。
私はすでに、朝から何年も働いたような気分になっていた。
契約資料。
議事録。
スケジュール変更。
役員への連絡。
来客対応。
資料整理。
そこまではいい。
全部。
秘書として当然の仕事だから。
問題は。
「綾乃」
「はい」
「これ」
遼河さんから渡されたのは。
一本のネクタイだった。
「……何でしょう」
「選べ」
「何を?」
「十八時半の会食。これと、そっち」
もう一本。
濃紺と深いグレー。
私は二本を見比べる。
「ご自分で決めてください」
「お前ならどっちにする」
「会食のお相手は?」
「欧州支社の役員と取引先」
「では濃紺です。スーツとのバランスも、こちらの方がいいと思います」
「分かった」
遼河さんは迷いなく濃紺を選んだ。
……いや。
待って。
「これ、私が決める必要ありました?」
「意見を聞いただけだ」
「ご自分で選べましたよね?」
「ああ」
なら自分で選んで。
さらに。
「綾乃」
「今度は何ですか?」
「明日の来客用の手土産。三つ候補を出しておけ」
「承知しました」
「一つは甘くないもの」
「はい」
「それと、会食先までの車を十七時五十分に手配してくれ」
「十八時半の会食ですよね?」
「ああ」
「変更になった時点で教えてください」
「今、教えた」
「そういう意味じゃありません」
「今言った」
また。
「……城之内課長にも共有してください」
「お前がしろ」
「私が?」
「専属秘書だろ」
ぐっ。
正論。
言い返せない。
端末へ入力する。
遼河さんが次の資料へ手を伸ばす。
その横顔を見ながら。
ふと思った。
朝から。
契約書を読んで。
海外会議に出て。
M&A案件へ関わって。
昼食を手配して。
コーヒーの時間を管理して。
ネクタイを選び。
手土産まで考える。
「……専属秘書って、雑用なの?」
北米案件の打ち合わせが終わった頃には。
私はすでに、朝から何年も働いたような気分になっていた。
契約資料。
議事録。
スケジュール変更。
役員への連絡。
来客対応。
資料整理。
そこまではいい。
全部。
秘書として当然の仕事だから。
問題は。
「綾乃」
「はい」
「これ」
遼河さんから渡されたのは。
一本のネクタイだった。
「……何でしょう」
「選べ」
「何を?」
「十八時半の会食。これと、そっち」
もう一本。
濃紺と深いグレー。
私は二本を見比べる。
「ご自分で決めてください」
「お前ならどっちにする」
「会食のお相手は?」
「欧州支社の役員と取引先」
「では濃紺です。スーツとのバランスも、こちらの方がいいと思います」
「分かった」
遼河さんは迷いなく濃紺を選んだ。
……いや。
待って。
「これ、私が決める必要ありました?」
「意見を聞いただけだ」
「ご自分で選べましたよね?」
「ああ」
なら自分で選んで。
さらに。
「綾乃」
「今度は何ですか?」
「明日の来客用の手土産。三つ候補を出しておけ」
「承知しました」
「一つは甘くないもの」
「はい」
「それと、会食先までの車を十七時五十分に手配してくれ」
「十八時半の会食ですよね?」
「ああ」
「変更になった時点で教えてください」
「今、教えた」
「そういう意味じゃありません」
「今言った」
また。
「……城之内課長にも共有してください」
「お前がしろ」
「私が?」
「専属秘書だろ」
ぐっ。
正論。
言い返せない。
端末へ入力する。
遼河さんが次の資料へ手を伸ばす。
その横顔を見ながら。
ふと思った。
朝から。
契約書を読んで。
海外会議に出て。
M&A案件へ関わって。
昼食を手配して。
コーヒーの時間を管理して。
ネクタイを選び。
手土産まで考える。
「……専属秘書って、雑用なの?」
