『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』

午後。

北米案件の打ち合わせが終わった頃には。

私はすでに、朝から何年も働いたような気分になっていた。

契約資料。

議事録。

スケジュール変更。

役員への連絡。

来客対応。

資料整理。

そこまではいい。

全部。

秘書として当然の仕事だから。

問題は。

「綾乃」

「はい」

「これ」

遼河さんから渡されたのは。

一本のネクタイだった。

「……何でしょう」

「選べ」

「何を?」

「十八時半の会食。これと、そっち」

もう一本。

濃紺と深いグレー。

私は二本を見比べる。

「ご自分で決めてください」

「お前ならどっちにする」

「会食のお相手は?」

「欧州支社の役員と取引先」

「では濃紺です。スーツとのバランスも、こちらの方がいいと思います」

「分かった」

遼河さんは迷いなく濃紺を選んだ。

……いや。

待って。

「これ、私が決める必要ありました?」

「意見を聞いただけだ」

「ご自分で選べましたよね?」

「ああ」

なら自分で選んで。

さらに。

「綾乃」

「今度は何ですか?」

「明日の来客用の手土産。三つ候補を出しておけ」

「承知しました」

「一つは甘くないもの」

「はい」

「それと、会食先までの車を十七時五十分に手配してくれ」

「十八時半の会食ですよね?」

「ああ」

「変更になった時点で教えてください」

「今、教えた」

「そういう意味じゃありません」

「今言った」

また。

「……城之内課長にも共有してください」

「お前がしろ」

「私が?」

「専属秘書だろ」

ぐっ。

正論。

言い返せない。

端末へ入力する。

遼河さんが次の資料へ手を伸ばす。

その横顔を見ながら。

ふと思った。

朝から。

契約書を読んで。

海外会議に出て。

M&A案件へ関わって。

昼食を手配して。

コーヒーの時間を管理して。

ネクタイを選び。

手土産まで考える。

「……専属秘書って、雑用なの?」