『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』

「それから、北米案件の資料を見ておけ」

「承知しました」

「十一時半の会議にも同席しろ」

「はい」

「昼は」

「はい?」

「俺の昼食を手配してくれ」

一瞬。

思考が止まった。

「……昼食?」

「ああ」

「それも私ですか?」

「専属秘書だからな」

いや。

確かに秘書業務の範囲かもしれないけれど。

今。

M&Aの話をしてたよね?

急に昼ご飯?

「何でもいい。ただし十五分で食べられるもの」

「十五分……」

スケジュールを見る。

本当に。

十二時半から十二時四十五分しか空いていない。

「分かりました。食物アレルギーは?」

「ない」

「苦手なものは?」

「特にない」

「量は?」

「普通」

一番困る答え。

普通って何。

「……承知しました」

端末へメモする。

遼河さんが、さらに続けた。

「コーヒー」

「はい?」

「ブラック。午前に一杯、午後に一杯」

今度こそ。

顔を上げた。

「それも?」

「何だ」

「いえ」

まだ初日。

落ち着け。

「承知しました」

「ただし午前は十時前。午後は三時以降」

「……細かい」

「聞こえているぞ」

「独り言です」

「声に出ている」

城之内さんが咳払いをした。

絶対。

笑うのを誤魔化した。

その後。

私は早速、北米案件の資料へ目を通した。

英文契約書。

過去の交渉記録。

相手企業の財務情報。

提携条件。

読み進めていくうちに、仕事へ意識が切り替わる。

約一時間後。

海外拠点とのオンラインミーティングが始まった。

最初は、議事録を取るだけのつもりだった。

けれど。

途中。

先方が提示した契約条件の一文が気になった。

“exclusive distribution rights”

独占販売権。

契約期間。

対象地域。

解除条件。

その定義が、資料によって微妙に違う。

私は城之内さんへ小さく確認した。

「この条項、最新版でしょうか」

彼が画面を確認する。

「昨日更新されたものです」

「前回資料と対象地域が変わっています」

「どこですか?」

指し示す。

北米全域だったものが。

米国およびカナダ、と明記されている。

一見すれば、大差はない。

でも。

メキシコが抜けている。

「藤和CEO」

会議中。

私は必要最低限の声で呼びかけた。

遼河さんがこちらを見る。

画面へ該当箇所を表示する。

「対象地域の定義が前回から変更されています。メキシコが除外されています」

遼河さんの目が、すぐに資料へ落ちた。

数秒後。

英語で先方へ確認を入れる。

画面の向こうで、相手企業側が明らかにざわついた。

結果。

先方社内での修正過程で文言が変更されていたことが判明した。

意図的な変更ではなかったらしい。

会議終了後。

部屋に静けさが戻る。

遼河さんが椅子へ背を預けた。

「よく気づいたな」

「前回資料と比較しただけです」

「比較しても気づかない人間はいる」

「では、お役に立てたなら何よりです」

「役に立った」