「よし」
バッグと車のキーを手に取る。
「行ってきます」
「行ってらっしゃいませ。初出勤、頑張ってくださいませ」
「ありがとう」
玄関を出る。
今日から。
本当に、新しい生活が始まる。
KSサイエンスの地下駐車場へ入ったのは、八時十八分だった。
指定された社員用区画へ車を進める。
ゲートへ近づくと、何もしていないのにバーが上がった。
「……本当に登録されてる」
また、お父様。
昨日初めて見た車なのに。
私の知らないところで、いったいどこまで準備されているのだろう。
指定されたスペースへ車を停める。
時計を見る。
八時十九分。
「よし」
遅刻はしていない。
携帯を取り出し、LINEを開く。
『地下三階へ到着しました』
送信。
その直後。
コンコン。
運転席の窓を叩く音がした。
「っ!」
思わず肩が跳ねる。
顔を上げると。
窓の向こうに、遼河さんが立っていた。
「……何でいるの?」
窓を下げる。
「おはようございます」
「ああ。おはよう」
「今、連絡したところなんですが」
「見た」
「では、どうしてもうここに?」
「来る時間は分かっていた」
いや。
八時二十分と言っただけでしょう。
一分単位で待ち構えないで。
「……いつから待ってたんですか?」
「大した時間じゃない」
絶対に答えない。
怪しい。
「早く降りろ」
「はいはい」
「返事は一回」
「……はい」
車を降り、バッグを持つ。
遼河さんは腕時計へ目を落とした。
「八時二十分」
「間に合ってますよね?」
「ああ」
「なら、その確認するような顔やめてください」
「何も言っていない」
「顔が言ってます」
「朝からよく喋るな」
誰のせいよ。
危うく口から出そうになり、のみ込んだ。
遼河さんが社員用エレベーターへ向かう。
私も、その隣へ並んだ。
「本当にCEO自ら迎えに来たんですね」
「昨日そう言った」
「部下の新入社員を地下駐車場まで迎えに来るCEOなんて、あまり聞いたことありませんけど」
「今日だけだ」
「本当ですか?」
「たぶん」
たぶん?
聞き返す前に、エレベーターの扉が開いた。
二人で乗り込む。
遼河さんがカードをかざすと、目的階が自動で選択された。
「まず白鳥のところへ行く。入社手続きと社員証の発行。そのあと真崎のところで端末とアクセス権限の設定だ」
「分かりました」
「終わったら城之内がお前を引き取る」
「引き取るって……」
物じゃないんですけど。
小さく呟く。
「何か言ったか?」
「何も」
昨日から何回、このやり取りをしているのだろう。
総務フロアへ到着すると、白鳥さんがすでに待っていた。
「おはようございます、鷹宮さん」
「おはようございます。本日からよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。……それにしても」
白鳥さんの視線が、私の隣へ移る。
「藤和CEOがご一緒とは思いませんでした」
「駐車場から連れてきた」
遼河さんが当然のように答える。
白鳥さんが一瞬だけ黙った。
それから。
「……そうですか」
何。
今の間。
絶対、何か思ったでしょう。
「では、こちらでお預かりします」
「頼む」
遼河さんは私へ視線を向けた。
「終わったら俺の執務室へ来い」
「城之内課長のところでは?」
「城之内と一緒に来ればいい」
「分かりました」
「それから」
まだあるの?
「社員証をなくすな」
「子どもではありません」
「昨日、会社の戻り道すら怪しかっただろう」
「それと社員証は関係ありません」
白鳥さんが口元を押さえている。
遼河さんは気にする様子もなく、そのままエレベーターへ戻っていった。
扉が閉まる。
数秒。
白鳥さんが私を見る。
「……鷹宮さん」
「はい」
「本当に、幼馴染なんですね」
「残念ながら」
「あら、残念なんですか?」
しまった。
「いえ。言葉の綾です」
白鳥さんが楽しそうに笑った。
絶対に信じてない。
バッグと車のキーを手に取る。
「行ってきます」
「行ってらっしゃいませ。初出勤、頑張ってくださいませ」
「ありがとう」
玄関を出る。
今日から。
本当に、新しい生活が始まる。
KSサイエンスの地下駐車場へ入ったのは、八時十八分だった。
指定された社員用区画へ車を進める。
ゲートへ近づくと、何もしていないのにバーが上がった。
「……本当に登録されてる」
また、お父様。
昨日初めて見た車なのに。
私の知らないところで、いったいどこまで準備されているのだろう。
指定されたスペースへ車を停める。
時計を見る。
八時十九分。
「よし」
遅刻はしていない。
携帯を取り出し、LINEを開く。
『地下三階へ到着しました』
送信。
その直後。
コンコン。
運転席の窓を叩く音がした。
「っ!」
思わず肩が跳ねる。
顔を上げると。
窓の向こうに、遼河さんが立っていた。
「……何でいるの?」
窓を下げる。
「おはようございます」
「ああ。おはよう」
「今、連絡したところなんですが」
「見た」
「では、どうしてもうここに?」
「来る時間は分かっていた」
いや。
八時二十分と言っただけでしょう。
一分単位で待ち構えないで。
「……いつから待ってたんですか?」
「大した時間じゃない」
絶対に答えない。
怪しい。
「早く降りろ」
「はいはい」
「返事は一回」
「……はい」
車を降り、バッグを持つ。
遼河さんは腕時計へ目を落とした。
「八時二十分」
「間に合ってますよね?」
「ああ」
「なら、その確認するような顔やめてください」
「何も言っていない」
「顔が言ってます」
「朝からよく喋るな」
誰のせいよ。
危うく口から出そうになり、のみ込んだ。
遼河さんが社員用エレベーターへ向かう。
私も、その隣へ並んだ。
「本当にCEO自ら迎えに来たんですね」
「昨日そう言った」
「部下の新入社員を地下駐車場まで迎えに来るCEOなんて、あまり聞いたことありませんけど」
「今日だけだ」
「本当ですか?」
「たぶん」
たぶん?
聞き返す前に、エレベーターの扉が開いた。
二人で乗り込む。
遼河さんがカードをかざすと、目的階が自動で選択された。
「まず白鳥のところへ行く。入社手続きと社員証の発行。そのあと真崎のところで端末とアクセス権限の設定だ」
「分かりました」
「終わったら城之内がお前を引き取る」
「引き取るって……」
物じゃないんですけど。
小さく呟く。
「何か言ったか?」
「何も」
昨日から何回、このやり取りをしているのだろう。
総務フロアへ到着すると、白鳥さんがすでに待っていた。
「おはようございます、鷹宮さん」
「おはようございます。本日からよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。……それにしても」
白鳥さんの視線が、私の隣へ移る。
「藤和CEOがご一緒とは思いませんでした」
「駐車場から連れてきた」
遼河さんが当然のように答える。
白鳥さんが一瞬だけ黙った。
それから。
「……そうですか」
何。
今の間。
絶対、何か思ったでしょう。
「では、こちらでお預かりします」
「頼む」
遼河さんは私へ視線を向けた。
「終わったら俺の執務室へ来い」
「城之内課長のところでは?」
「城之内と一緒に来ればいい」
「分かりました」
「それから」
まだあるの?
「社員証をなくすな」
「子どもではありません」
「昨日、会社の戻り道すら怪しかっただろう」
「それと社員証は関係ありません」
白鳥さんが口元を押さえている。
遼河さんは気にする様子もなく、そのままエレベーターへ戻っていった。
扉が閉まる。
数秒。
白鳥さんが私を見る。
「……鷹宮さん」
「はい」
「本当に、幼馴染なんですね」
「残念ながら」
「あら、残念なんですか?」
しまった。
「いえ。言葉の綾です」
白鳥さんが楽しそうに笑った。
絶対に信じてない。
