『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』

「よし」

バッグと車のキーを手に取る。

「行ってきます」

「行ってらっしゃいませ。初出勤、頑張ってくださいませ」

「ありがとう」

玄関を出る。

今日から。

本当に、新しい生活が始まる。

KSサイエンスの地下駐車場へ入ったのは、八時十八分だった。

指定された社員用区画へ車を進める。

ゲートへ近づくと、何もしていないのにバーが上がった。

「……本当に登録されてる」

また、お父様。

昨日初めて見た車なのに。

私の知らないところで、いったいどこまで準備されているのだろう。

指定されたスペースへ車を停める。

時計を見る。

八時十九分。

「よし」

遅刻はしていない。

携帯を取り出し、LINEを開く。

『地下三階へ到着しました』

送信。

その直後。

コンコン。

運転席の窓を叩く音がした。

「っ!」

思わず肩が跳ねる。

顔を上げると。

窓の向こうに、遼河さんが立っていた。

「……何でいるの?」

窓を下げる。

「おはようございます」

「ああ。おはよう」

「今、連絡したところなんですが」

「見た」

「では、どうしてもうここに?」

「来る時間は分かっていた」

いや。

八時二十分と言っただけでしょう。

一分単位で待ち構えないで。

「……いつから待ってたんですか?」

「大した時間じゃない」

絶対に答えない。

怪しい。

「早く降りろ」

「はいはい」

「返事は一回」

「……はい」

車を降り、バッグを持つ。

遼河さんは腕時計へ目を落とした。

「八時二十分」

「間に合ってますよね?」

「ああ」

「なら、その確認するような顔やめてください」

「何も言っていない」

「顔が言ってます」

「朝からよく喋るな」

誰のせいよ。

危うく口から出そうになり、のみ込んだ。

遼河さんが社員用エレベーターへ向かう。

私も、その隣へ並んだ。

「本当にCEO自ら迎えに来たんですね」

「昨日そう言った」

「部下の新入社員を地下駐車場まで迎えに来るCEOなんて、あまり聞いたことありませんけど」

「今日だけだ」

「本当ですか?」

「たぶん」

たぶん?

聞き返す前に、エレベーターの扉が開いた。

二人で乗り込む。

遼河さんがカードをかざすと、目的階が自動で選択された。

「まず白鳥のところへ行く。入社手続きと社員証の発行。そのあと真崎のところで端末とアクセス権限の設定だ」

「分かりました」

「終わったら城之内がお前を引き取る」

「引き取るって……」

物じゃないんですけど。

小さく呟く。

「何か言ったか?」

「何も」

昨日から何回、このやり取りをしているのだろう。

総務フロアへ到着すると、白鳥さんがすでに待っていた。

「おはようございます、鷹宮さん」

「おはようございます。本日からよろしくお願いいたします」

「こちらこそ。……それにしても」

白鳥さんの視線が、私の隣へ移る。

「藤和CEOがご一緒とは思いませんでした」

「駐車場から連れてきた」

遼河さんが当然のように答える。

白鳥さんが一瞬だけ黙った。

それから。

「……そうですか」

何。

今の間。

絶対、何か思ったでしょう。

「では、こちらでお預かりします」

「頼む」

遼河さんは私へ視線を向けた。

「終わったら俺の執務室へ来い」

「城之内課長のところでは?」

「城之内と一緒に来ればいい」

「分かりました」

「それから」

まだあるの?

「社員証をなくすな」

「子どもではありません」

「昨日、会社の戻り道すら怪しかっただろう」

「それと社員証は関係ありません」

白鳥さんが口元を押さえている。

遼河さんは気にする様子もなく、そのままエレベーターへ戻っていった。

扉が閉まる。

数秒。

白鳥さんが私を見る。

「……鷹宮さん」

「はい」

「本当に、幼馴染なんですね」

「残念ながら」

「あら、残念なんですか?」

しまった。

「いえ。言葉の綾です」

白鳥さんが楽しそうに笑った。

絶対に信じてない。