『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』

翌朝。

朝食を前にしているのに、私はさっきから携帯ばかり見ていた。

画面には、昨日の午後から遼河さんに送られてきた連絡が並んでいる。

『もう着いたか?』

『まだ運転中か?』

『綾乃?』

『何かあったのか?』

その下には、着信履歴まで。

会社を出たあと、そのまま帰宅するのも何となく癪で、少し寄り道をした。

久しぶりの東京を見て回り、帰宅が少し遅くなっただけ。

それなのに、携帯をバッグへ入れたままにしていたせいで、気づいた時にはこの有り様だった。

「……怖いんだけど」

思わず呟く。

結局、自宅へ着いてすぐ、

『無事に到着しました。ご連絡が遅くなり申し訳ありません』

と送った。

すると、一分もしないうちに。

『遅い』

返ってきたのは、それだけ。

いや。

何が。

到着報告に締切時間なんて聞いてない。

しかも、私はショートメッセージを普段ほとんど使わない。

この調子で何度も電話とメッセージを送られる方が困るので、仕方なくLINEのIDを送った。

追加通知が来たのは、数秒後。

早すぎる。

表示された名前は、藤和遼河。

そして、その直後。

『明日、八時二十分。地下三階』

念押しまで届いた。

「分かってるって……」

誰にともなく返し、携帯を伏せる。

十三年間まともに連絡すら取っていなかった幼馴染と。

再会したその日に連絡先を交換して。

その日のうちにLINEまで繋がっている。

人生って、本当に分からない。

「綾乃お嬢様。お時間、大丈夫でございますか?」

キッチンから佐知子さんの声が飛んできた。

「大丈夫。今日は昨日みたいに忘れてない」

「それなら安心いたしました」

少し笑われた気がする。

私は残っていた朝食を口へ運んだ。

本来なら。

今日は入社手続きとシステム登録だけ。

正式な勤務開始は明日からの予定だった。

それなのに。

『明日からでいい』

遼河さんの一言で、あっさり前倒しされた。

「いくら何でも急すぎるのよ……」

しかも。

昨日は、それだけではなかった。

『俺は蘭さんとの婚約など、一度も受け入れていない』

何度思い出しても。

胸の奥が落ち着かない。

十三歳の私は。

遼河さんを好きになってはいけないと思った。

蘭の許嫁になる人だから。

妹の相手になる人だから。

だから。

自分で自分の気持ちに蓋をした。

それが。

最初から全部、存在しなかった話だったなんて。

「……今さらよね」

十三年分の思い込みを。

一晩寝たくらいで整理できるわけがない。

でも。

今日は、その答えを探しに行く日じゃない。

「仕事は仕事」

自分へ言い聞かせる。

「私は秘書。向こうはCEO」

それだけ。

――それだけで済めばいいけど。

最後の一言は、口に出さなかった。

食事を終え、身支度を整える。

今日は淡いベージュのブラウスに、チャコールグレーのパンツスーツ。

髪をまとめ、鏡の前で一度だけ深呼吸した。

昨日は驚かされた。

今日は、そうはいかない。