「八時半では?」
『入館手続きを考えれば、そのくらい必要だ』
もっともらしい。
でも。
何か納得できない。
「分かりました。地下三階へ着いたら連絡します」
『ああ』
「それでは、運転中ですので失礼します」
『綾乃』
切ろうとしたところで。
また名前を呼ばれる。
「まだ何か?」
『今、どこだ』
「もうすぐ自宅です」
『着いたら連絡しろ』
「そのための連絡を、今しているんですけど」
『これは明日の確認だ』
「……」
『到着の連絡とは別だ』
意味が分からない。
同じ電話。
同じ私。
同じ相手。
「今、無事だと分かったでしょう?」
『まだ着いていない』
「あと少しです」
『着いていないことに変わりはない』
面倒くさい。
本当に。
面倒くさい。
「……分かりました。到着したら改めて連絡します」
『待っている』
通話が切れた。
車内に静けさが戻る。
明日の出勤方法を確認したかっただけなのに。
結局。
連絡する約束が、また一つ増えた。
明日の朝も。
家へ着いてからも。
「やっぱり、絶対狙ってたでしょ……」
誰も答えない車内で呟く。
十三年ぶりに再会した幼馴染は。
どうやら、昔よりずっと手強くなっている。
仕事。
個人の連絡先。
明日の出勤時間。
気づけば再会したその日のうちに、私の予定には次々と彼が入り込んでいた。
そして明日の朝八時二十分。
私は再び、彼の待つ職場へ向かわなければならない。
どうやら。
逃げ道は、もう完全に塞がれているらしい。
