空気が一変する。
振り返ると、入口にお父様が立っていた。
父――鷹宮宏輝。
鷹宮グループを率いる、私の父。
「お父様……」
蘭の顔から、さっと笑みが消えた。
早紀子さんも、一瞬だけ表情を強張らせる。
けれど、お父様は二人を問い詰めなかった。
怒鳴ることも、理由を尋ねることもしない。
ただ、畳の上へ視線を落とした。
無残に裂かれた振袖。
その中央に立つ蘭。
傍らにいる早紀子さん。
そして――私。
ゆっくりと動いた視線が私へ向けられる。
なぜだか落ち着かなくなって、私は反射的に腰を屈めた。
散らばった振袖を片づけようとした、その瞬間。
「綾乃」
「はい?」
「何をしている」
手を止める。
「片づけないと……」
お父様の眉が、ほんのわずかに動いた。
「誰が、お前に片づけろと言った」
静かな声だった。
なのに、その場にいた全員が黙った。
私は何も答えられなかった。
だって、いつもそうしていたから。
誰かが散らかせば、片づける。
頼まれれば動く。
それが当たり前だった。
そんな私を、お父様はしばらく見つめていた。
いつの間にか、和室の入口近くには田所佐知子さんも立っていた。
鷹宮家に長年勤めている家政婦で、この家の中で、私が唯一心から頼りにしている人だ。
お父様が佐知子さんへ顔を向ける。
「佐知子」
「はい、旦那様」
「別の振袖を用意してくれ」
「かしこまりました」
それだけ告げると、お父様は再び私を見る。
「綾乃」
「はい」
「成人式へ行ってきなさい」
私は少しだけ迷い、それでも頷いた。
「……分かりました」
その場で蘭を叱ることもなかった。
早紀子さんを問い詰めることもなかった。
だから私は、お父様にとっても、それほど大したことではなかったのだと思った。
ほどなくして別の振袖が用意され、佐知子さんに着付けてもらった。
髪を整え、鏡の中の自分を見る。
本当は悲しかった。
悔しくなかったと言えば、嘘になる。
それでも――
成人式には、大切な友人たちが待っている。
今日という日まで、二人に壊されたくはなかった。
だから私は笑った。
何もなかったように。
「行ってきます」
そう告げて、家を出た。
私は知らなかった。
あの朝、お父様が目にしたものが、ただ破られた一枚の振袖ではなかったことを。
私が当然のように床へ膝をつき、自分で片づけようとした姿。
早紀子さんと蘭の態度。
そして――それまで自分が見落としてきたもの。
あの日を境に、お父様の中で何かが変わった。
けれど、その時の私は何も知らなかった。
振り返ると、入口にお父様が立っていた。
父――鷹宮宏輝。
鷹宮グループを率いる、私の父。
「お父様……」
蘭の顔から、さっと笑みが消えた。
早紀子さんも、一瞬だけ表情を強張らせる。
けれど、お父様は二人を問い詰めなかった。
怒鳴ることも、理由を尋ねることもしない。
ただ、畳の上へ視線を落とした。
無残に裂かれた振袖。
その中央に立つ蘭。
傍らにいる早紀子さん。
そして――私。
ゆっくりと動いた視線が私へ向けられる。
なぜだか落ち着かなくなって、私は反射的に腰を屈めた。
散らばった振袖を片づけようとした、その瞬間。
「綾乃」
「はい?」
「何をしている」
手を止める。
「片づけないと……」
お父様の眉が、ほんのわずかに動いた。
「誰が、お前に片づけろと言った」
静かな声だった。
なのに、その場にいた全員が黙った。
私は何も答えられなかった。
だって、いつもそうしていたから。
誰かが散らかせば、片づける。
頼まれれば動く。
それが当たり前だった。
そんな私を、お父様はしばらく見つめていた。
いつの間にか、和室の入口近くには田所佐知子さんも立っていた。
鷹宮家に長年勤めている家政婦で、この家の中で、私が唯一心から頼りにしている人だ。
お父様が佐知子さんへ顔を向ける。
「佐知子」
「はい、旦那様」
「別の振袖を用意してくれ」
「かしこまりました」
それだけ告げると、お父様は再び私を見る。
「綾乃」
「はい」
「成人式へ行ってきなさい」
私は少しだけ迷い、それでも頷いた。
「……分かりました」
その場で蘭を叱ることもなかった。
早紀子さんを問い詰めることもなかった。
だから私は、お父様にとっても、それほど大したことではなかったのだと思った。
ほどなくして別の振袖が用意され、佐知子さんに着付けてもらった。
髪を整え、鏡の中の自分を見る。
本当は悲しかった。
悔しくなかったと言えば、嘘になる。
それでも――
成人式には、大切な友人たちが待っている。
今日という日まで、二人に壊されたくはなかった。
だから私は笑った。
何もなかったように。
「行ってきます」
そう告げて、家を出た。
私は知らなかった。
あの朝、お父様が目にしたものが、ただ破られた一枚の振袖ではなかったことを。
私が当然のように床へ膝をつき、自分で片づけようとした姿。
早紀子さんと蘭の態度。
そして――それまで自分が見落としてきたもの。
あの日を境に、お父様の中で何かが変わった。
けれど、その時の私は何も知らなかった。
