『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』

空気が一変する。

振り返ると、入口にお父様が立っていた。

父――鷹宮宏輝。

鷹宮グループを率いる、私の父。

「お父様……」

蘭の顔から、さっと笑みが消えた。

早紀子さんも、一瞬だけ表情を強張らせる。

けれど、お父様は二人を問い詰めなかった。

怒鳴ることも、理由を尋ねることもしない。

ただ、畳の上へ視線を落とした。

無残に裂かれた振袖。

その中央に立つ蘭。

傍らにいる早紀子さん。

そして――私。

ゆっくりと動いた視線が私へ向けられる。

なぜだか落ち着かなくなって、私は反射的に腰を屈めた。

散らばった振袖を片づけようとした、その瞬間。

「綾乃」

「はい?」

「何をしている」

手を止める。

「片づけないと……」

お父様の眉が、ほんのわずかに動いた。

「誰が、お前に片づけろと言った」

静かな声だった。

なのに、その場にいた全員が黙った。

私は何も答えられなかった。

だって、いつもそうしていたから。

誰かが散らかせば、片づける。

頼まれれば動く。

それが当たり前だった。

そんな私を、お父様はしばらく見つめていた。

いつの間にか、和室の入口近くには田所佐知子さんも立っていた。

鷹宮家に長年勤めている家政婦で、この家の中で、私が唯一心から頼りにしている人だ。

お父様が佐知子さんへ顔を向ける。

「佐知子」

「はい、旦那様」

「別の振袖を用意してくれ」

「かしこまりました」

それだけ告げると、お父様は再び私を見る。

「綾乃」

「はい」

「成人式へ行ってきなさい」

私は少しだけ迷い、それでも頷いた。

「……分かりました」

その場で蘭を叱ることもなかった。

早紀子さんを問い詰めることもなかった。

だから私は、お父様にとっても、それほど大したことではなかったのだと思った。

ほどなくして別の振袖が用意され、佐知子さんに着付けてもらった。

髪を整え、鏡の中の自分を見る。

本当は悲しかった。

悔しくなかったと言えば、嘘になる。

それでも――

成人式には、大切な友人たちが待っている。

今日という日まで、二人に壊されたくはなかった。

だから私は笑った。

何もなかったように。

「行ってきます」

そう告げて、家を出た。

私は知らなかった。

あの朝、お父様が目にしたものが、ただ破られた一枚の振袖ではなかったことを。

私が当然のように床へ膝をつき、自分で片づけようとした姿。

早紀子さんと蘭の態度。

そして――それまで自分が見落としてきたもの。

あの日を境に、お父様の中で何かが変わった。

けれど、その時の私は何も知らなかった。