あまりにも迷いのない答え。
「それは、少し勝手では?」
「そうだな」
否定しないんだ。
心の中で呟いたところで、エレベーターが地下三階へ到着した。
冷えた空気が流れ込んでくる。
「車はどこだ」
「確か、あちらです」
記憶を頼りに歩き。
パールホワイトのSUVの前で足を止めた。
遼河さんが車体を見て、わずかに眉を上げる。
「これか」
「はい。通勤用にしては大袈裟ですよね」
「宏輝さんらしい」
「今朝、見た瞬間に値段を考えました」
「気になるのか」
「気になりますよ。ぶつけたら立ち直れません」
遼河さんの口元が、わずかに緩んだ。
「今、笑いました?」
「いや」
「絶対に笑いましたよね」
「気のせいだ」
何なの。
十三年ぶりにまともに話したばかりなのに。
もう人をからかってる。
スマートキーで解錠し、運転席のドアへ手をかけた。
「送っていただき、ありがとうございました」
「待て」
また。
振り返る。
遼河さんが右手を差し出していた。
「携帯を出せ」
「……なぜですか?」
「連絡先を交換する」
「会社の連絡先なら、明日いただけますよね」
「これは俺個人の番号だ」
「必要ありません」
即答した。
遼河さんの眉が、わずかに動く。
「必要だ」
「何に使うんですか」
「今度、本当にお前の姿が消えた時のためだ」
言葉に詰まった。
「消えません」
「五年前も、俺はそう思っていた」
その一言には。
簡単に拒めない重さがあった。
「……あの時は、私の意思だけで決められる状況ではありませんでした」
「分かっている」
差し出した手を引く気はないらしい。
「だから、これからは何かあれば直接連絡しろ」
「強引すぎる……」
思わず漏れた。
「聞こえているぞ」
「聞こえるように言いました」
仕方なく鞄から携帯を取り出す。
「番号を仰ってください。私が登録します」
告げられた番号を入力する。
名前の欄へ指を置いた。
藤和CEO。
そう入力しようとした瞬間。
頭上から低い声が落ちる。
「遼河で登録しろ」
「個人番号でも、会社の上司には変わりありません」
「明日からは上司だが、今は違う」
「では、藤和遼河さんで」
「さんもいらない」
顔を上げる。
「そこまで指定します?」
「する」
……面倒くさい。
今度は絶対に口から出さない。
『藤和遼河』
そう登録する。
「これでよろしいですか」
「俺の携帯へかけろ」
「まだ何か?」
「お前の番号が分からない」
本当に。
逃がす気がないらしい。
諦めて通話ボタンを押す。
遼河さんのスーツの内側から着信音が聞こえた。
画面を確認した彼が何かを操作する。
直後。
私の携帯が短く震えた。
『自宅へ着いたら連絡しろ』
届いたメッセージを見る。
そして遼河さんを見る。
「今、目の前にいるのに送る必要あります?」
「忘れないためだ」
「子どもじゃありません」
「分かっている」
少し間を置いて。
「命令じゃない。頼んでいる」
頼む人の圧ではない。
「……分かりました」
答えると、ようやく満足したように目を細めた。
「気をつけて帰れ」
「はい。ありがとうございました」
運転席へ乗り込み、ドアを閉める。
エンジンを始動しても。
遼河さんは動かなかった。
仕方なく窓を少し下げる。
「まだ何かありますか?」
「いや」
「では、行きます」
「ああ」
ほんの一瞬。
遼河さんの表情が柔らかくなる。
「また明日」
