『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』

頭を下げ、会議室を出ようとした時。

「綾乃」

また呼び止められた。

振り返る。

「今日はどうやって来た」

「車です」

「自分で運転してきたのか?」

「はい。昨日、お父様から車を用意したと言われて、今朝初めて見ましたけど」

地下駐車場で車を見た瞬間を思い出す。

何、あれ。

いくらするのよ。

「運転は問題ないのか」

「カリフォルニアでは毎日のように運転していました。日本の免許も失効していません」

「そうか」

遼河さんが私の鞄へ視線を向ける。

「地下駐車場まで送る」

「一人で戻れます」

「初めて来た会社だろう」

「案内どおりに来ましたから、帰りも大丈夫です」

「社員用のエレベーターを使った方が早い」

言われて。

今日、受付で何度もカードをかざしながらここまで来たことを思い出す。

正直。

来た道を完璧に戻れる自信はない。

「……では、お願いいたします」

遼河さんがわずかに頷いた。

その様子を見ていたジュリアンが、楽しそうに口元を緩める。

「遼河が女性を駐車場まで送るなんて、珍しいこともあるものだね」

「ジュリアン」

「何だい?」

「お前は先に戻れ」

「はいはい。邪魔者は退散するとしよう」

やっぱり面白がっている。

「ジュリアン」

「ん?」

「あとで覚えてて」

「何か言ったかい?」

「何も」

笑顔で返す。

ジュリアンはますます楽しそうに笑いながら、先に会議室を出ていった。

扉が閉まる。

今度こそ。

遼河さんと二人。

「行くぞ」

「はい」

あとを追って廊下へ出る。

並んで歩くだけなのに、妙に落ち着かない。

六歳年上だった遼河さんの背中を。

幼い私は、よく追いかけていた。

けれど。

今、目の前を歩く背中は、記憶の中よりずっと広い。

社員用エレベーターへ乗り込む。

「駐車場は地下何階だ」

「地下三階です」

ボタンが押され、扉が閉じる。

二人きりの狭い空間。

沈黙が気まずい。

さっき。

十三年間信じてきたことを、全部ひっくり返されたばかりなのだ。

何を話せばいいの。

天気?

無理。

「五年前、本当にお前の消息が消えた」

不意に、遼河さんが口を開いた。

私は顔を上げる。

「それまでも家同士の集まりには来なくなっていた。電話をしても取り次がれない。手紙を送っても返事がない」

「その頃は……家の外へ出ること自体、ほとんど許されていませんでした」

「聞いた」

誰から。

聞かなくても分かる。

お父様だ。

「それでも、鷹宮の家にいることだけは分かっていた」

遼河さんの低い声が、静かなエレベーターへ落ちる。

「だが五年前、お前は本当にいなくなった」

「……はい」

「留学先も、居場所も、誰も教えなかった」

あの渡米は。

早紀子さんたちから私を隠すためのものだった。

お父様から、必要な人以外には行き先を話すなと厳しく言われていた。

その防御線の外側に。

遼河さんまで置かれていた。

「私も、詳しいことは何も知らされていなかったんです。お父様から、お母様のところへ行きなさいと言われて……用意された飛行機に乗っただけで」

「分かっている」

短い返事。

「お前を責めているわけじゃない」

その横顔には。

私の知らない五年間があった。

「ただ」

遼河さんが私を見る。

「今度は違う」

「何がですか」

「何かあるなら、自分の口で俺に言え」

「なぜ、遼河さんに?」

「俺が知りたいからだ」