頭を下げ、会議室を出ようとした時。
「綾乃」
また呼び止められた。
振り返る。
「今日はどうやって来た」
「車です」
「自分で運転してきたのか?」
「はい。昨日、お父様から車を用意したと言われて、今朝初めて見ましたけど」
地下駐車場で車を見た瞬間を思い出す。
何、あれ。
いくらするのよ。
「運転は問題ないのか」
「カリフォルニアでは毎日のように運転していました。日本の免許も失効していません」
「そうか」
遼河さんが私の鞄へ視線を向ける。
「地下駐車場まで送る」
「一人で戻れます」
「初めて来た会社だろう」
「案内どおりに来ましたから、帰りも大丈夫です」
「社員用のエレベーターを使った方が早い」
言われて。
今日、受付で何度もカードをかざしながらここまで来たことを思い出す。
正直。
来た道を完璧に戻れる自信はない。
「……では、お願いいたします」
遼河さんがわずかに頷いた。
その様子を見ていたジュリアンが、楽しそうに口元を緩める。
「遼河が女性を駐車場まで送るなんて、珍しいこともあるものだね」
「ジュリアン」
「何だい?」
「お前は先に戻れ」
「はいはい。邪魔者は退散するとしよう」
やっぱり面白がっている。
「ジュリアン」
「ん?」
「あとで覚えてて」
「何か言ったかい?」
「何も」
笑顔で返す。
ジュリアンはますます楽しそうに笑いながら、先に会議室を出ていった。
扉が閉まる。
今度こそ。
遼河さんと二人。
「行くぞ」
「はい」
あとを追って廊下へ出る。
並んで歩くだけなのに、妙に落ち着かない。
六歳年上だった遼河さんの背中を。
幼い私は、よく追いかけていた。
けれど。
今、目の前を歩く背中は、記憶の中よりずっと広い。
社員用エレベーターへ乗り込む。
「駐車場は地下何階だ」
「地下三階です」
ボタンが押され、扉が閉じる。
二人きりの狭い空間。
沈黙が気まずい。
さっき。
十三年間信じてきたことを、全部ひっくり返されたばかりなのだ。
何を話せばいいの。
天気?
無理。
「五年前、本当にお前の消息が消えた」
不意に、遼河さんが口を開いた。
私は顔を上げる。
「それまでも家同士の集まりには来なくなっていた。電話をしても取り次がれない。手紙を送っても返事がない」
「その頃は……家の外へ出ること自体、ほとんど許されていませんでした」
「聞いた」
誰から。
聞かなくても分かる。
お父様だ。
「それでも、鷹宮の家にいることだけは分かっていた」
遼河さんの低い声が、静かなエレベーターへ落ちる。
「だが五年前、お前は本当にいなくなった」
「……はい」
「留学先も、居場所も、誰も教えなかった」
あの渡米は。
早紀子さんたちから私を隠すためのものだった。
お父様から、必要な人以外には行き先を話すなと厳しく言われていた。
その防御線の外側に。
遼河さんまで置かれていた。
「私も、詳しいことは何も知らされていなかったんです。お父様から、お母様のところへ行きなさいと言われて……用意された飛行機に乗っただけで」
「分かっている」
短い返事。
「お前を責めているわけじゃない」
その横顔には。
私の知らない五年間があった。
「ただ」
遼河さんが私を見る。
「今度は違う」
「何がですか」
「何かあるなら、自分の口で俺に言え」
「なぜ、遼河さんに?」
「俺が知りたいからだ」
「綾乃」
また呼び止められた。
振り返る。
「今日はどうやって来た」
「車です」
「自分で運転してきたのか?」
「はい。昨日、お父様から車を用意したと言われて、今朝初めて見ましたけど」
地下駐車場で車を見た瞬間を思い出す。
何、あれ。
いくらするのよ。
「運転は問題ないのか」
「カリフォルニアでは毎日のように運転していました。日本の免許も失効していません」
「そうか」
遼河さんが私の鞄へ視線を向ける。
「地下駐車場まで送る」
「一人で戻れます」
「初めて来た会社だろう」
「案内どおりに来ましたから、帰りも大丈夫です」
「社員用のエレベーターを使った方が早い」
言われて。
今日、受付で何度もカードをかざしながらここまで来たことを思い出す。
正直。
来た道を完璧に戻れる自信はない。
「……では、お願いいたします」
遼河さんがわずかに頷いた。
その様子を見ていたジュリアンが、楽しそうに口元を緩める。
「遼河が女性を駐車場まで送るなんて、珍しいこともあるものだね」
「ジュリアン」
「何だい?」
「お前は先に戻れ」
「はいはい。邪魔者は退散するとしよう」
やっぱり面白がっている。
「ジュリアン」
「ん?」
「あとで覚えてて」
「何か言ったかい?」
「何も」
笑顔で返す。
ジュリアンはますます楽しそうに笑いながら、先に会議室を出ていった。
扉が閉まる。
今度こそ。
遼河さんと二人。
「行くぞ」
「はい」
あとを追って廊下へ出る。
並んで歩くだけなのに、妙に落ち着かない。
六歳年上だった遼河さんの背中を。
幼い私は、よく追いかけていた。
けれど。
今、目の前を歩く背中は、記憶の中よりずっと広い。
社員用エレベーターへ乗り込む。
「駐車場は地下何階だ」
「地下三階です」
ボタンが押され、扉が閉じる。
二人きりの狭い空間。
沈黙が気まずい。
さっき。
十三年間信じてきたことを、全部ひっくり返されたばかりなのだ。
何を話せばいいの。
天気?
無理。
「五年前、本当にお前の消息が消えた」
不意に、遼河さんが口を開いた。
私は顔を上げる。
「それまでも家同士の集まりには来なくなっていた。電話をしても取り次がれない。手紙を送っても返事がない」
「その頃は……家の外へ出ること自体、ほとんど許されていませんでした」
「聞いた」
誰から。
聞かなくても分かる。
お父様だ。
「それでも、鷹宮の家にいることだけは分かっていた」
遼河さんの低い声が、静かなエレベーターへ落ちる。
「だが五年前、お前は本当にいなくなった」
「……はい」
「留学先も、居場所も、誰も教えなかった」
あの渡米は。
早紀子さんたちから私を隠すためのものだった。
お父様から、必要な人以外には行き先を話すなと厳しく言われていた。
その防御線の外側に。
遼河さんまで置かれていた。
「私も、詳しいことは何も知らされていなかったんです。お父様から、お母様のところへ行きなさいと言われて……用意された飛行機に乗っただけで」
「分かっている」
短い返事。
「お前を責めているわけじゃない」
その横顔には。
私の知らない五年間があった。
「ただ」
遼河さんが私を見る。
「今度は違う」
「何がですか」
「何かあるなら、自分の口で俺に言え」
「なぜ、遼河さんに?」
「俺が知りたいからだ」
