遼河さんは答えなかった。
答える必要なんてなかった。
その沈黙だけで十分だった。
胸の奥で。
十三年間積み重ねてきたものが、音を立てて崩れていく。
「そんな……」
思わず視線を落とした。
「私……ずっと……」
そこから先は言えなかった。
何を言おうとしたの。
ずっと好きだった?
だから諦めた?
そんなこと、本人を目の前にして言えるわけがない。
けれど。
遼河さんは見逃してくれなかった。
「それで俺を避けるようになったのか」
顔を上げる。
「あの頃から、お前は家同士の集まりにほとんど来なくなった」
「それは……」
蘭たちのことだけが理由ではない。
家の外へ出ること自体、徐々に許されなくなっていた。
それでも。
遼河さんのいる場所へ行かなくなった理由の一つに、あの話があったのは確かだった。
「十三歳の子どもに、本人へ確かめろと言われても無理です」
「俺に聞けばよかった」
「聞けるわけないでしょう」
「なぜ」
「『あなた、妹の許嫁になるんですか』って?」
思わず声が大きくなった。
「そんなこと、聞けるわけないじゃない」
遼河さんが黙る。
「しかも早紀子さんまで、本当の話みたいに言っていたんです。私が疑う理由なんてなかった」
少しの沈黙。
やがて。
遼河さんが、低く息を吐いた。
「……そうか」
その声には、怒りとも悔しさともつかないものが滲んでいた。
「なら、これだけは覚えておけ」
ゆっくり顔を上げる。
遼河さんの目が、真っ直ぐ私を見ていた。
「俺と蘭さんの間には、昔も今も何もない」
胸が。
また大きく鳴った。
「一度もだ」
念を押すように言われる。
なぜ。
そんなに真っ直ぐ言うの。
困る。
十三年間。
開けないようにしてきた蓋が。
簡単に外れてしまいそうになる。
「……分かりました」
それだけ答えるのが精いっぱいだった。
ジュリアンが、静かに私たちを見ている。
さっきまで面白がっていたくせに。
今だけは何も言わなかった。
その気遣いが、少し腹立たしい。
「それじゃあ」
私は鞄を手に取った。
「今日は失礼します。これ以上ここにいると、頭が追いつきません」
正直に言うと、ジュリアンが小さく笑った。
「それがいい」
「誰のせいだと思ってるの」
「半分くらいは私かな」
「全部よ」
「それは遼河にも責任がある」
「俺に振るな」
この二人。
本当に腹が立つ。
けれど。
さっきまで胸を締めつけていた息苦しさが、少しだけ薄れた気がした。
「それでは、明日からよろしくお願いいたします」
