残されたのは。
遼河さん。
ジュリアン。
そして私。
急に、部屋が広く感じた。
「さて」
沈黙を破ったのはジュリアンだった。
「どちらから話す?」
「ジュリアンは黙っていろ」
「はいはい」
即座に外された。
遼河さんの視線が、まっすぐ私へ向く。
「さっきの話だ」
「……何のことでしょう」
「俺がいると知っていたら、この仕事を断ったと言ったな」
逃げられなかった。
「断った可能性はあります」
「理由は?」
「個人的なことです」
「それは聞いた」
「でしたら――」
「蘭さんか?」
心臓が、大きく跳ねた。
どうして。
何も答えられずにいると、遼河さんの眉間にわずかに皺が寄る。
「やっぱりそうか」
「……何がですか」
「お前が昔から、蘭さんと俺のことを妙に気にしていた理由だ」
私は唇を結んだ。
言いたくない。
こんな話。
十三年間も一人で勝手に信じ込み、勝手に諦めていたなんて。
「綾乃」
逃がさない声だった。
仕方なく、息を吐く。
「……蘭は、遼河さんの許嫁なのでしょう?」
会議室が静まり返った。
遼河さんの表情が止まる。
ジュリアンまで、笑みを消した。
「誰がそんなことを言った」
低い声だった。
「蘭です」
「ほかには」
「早紀子さんも。私が十三歳の頃から、ずっと……」
言い終わるより早く。
遼河さんの表情が険しくなった。
「違う」
「え?」
「俺は蘭さんとの婚約など、一度も受け入れていない」
一瞬。
意味が分からなかった。
「……でも」
「許嫁でもない」
「そんなはず……」
「ある」
きっぱりと言い切られる。
「話を持ち込まれたことはある。だが、その都度断った。俺の両親も了承していない」
何を言われているのか。
頭が追いつかない。
「待ってください」
十三歳。
あの日。
嬉しそうに笑っていた蘭。
『遼河さんは、私の許嫁になるの』
そして。
それを当然のことのように肯定した早紀子さん。
『蘭には、遼河さんのような方がふさわしいわ』
私は。
それを信じて。
遼河さんを好きになってはいけないと思って。
自分から距離を置いた。
「……じゃあ」
声が掠れた。
「全部……嘘だったの?」
