「勤務開始についてですが」
城之内さんが資料を切り替える。
「当初の予定どおり、正式な勤務開始は明後日――」
「明日に前倒しする」
遼河さんが遮った。
「……はい?」
思わず声が出た。
城之内さんまで一瞬だけ遼河さんを見る。
「藤和CEO。予定では、明日は入社手続きとシステム登録のみですが」
「午前中にすべて済ませろ。午後から勤務扱いに切り替える」
「ですが――」
「明日の午後、北米案件の事前打ち合わせを入れている。綾乃には同席してもらう」
今度は私が遼河さんを見る。
「初耳ですが」
「今、言った」
「そういう意味ではありません」
ジュリアンが口元を押さえている。
絶対に楽しんでいる。
遼河さんは平然と続けた。
「MÉLA VIE ENCA GROUPで北米企業との契約実務に携わっていたんだろう」
「それは、そうですが」
「なら問題ない」
「問題はそこではなくてですね」
「明日、八時半」
「話を聞いてください」
「聞いている」
「聞いたうえで押し切っていますよね?」
「必要だと判断した」
出た。
強引な理屈。
言い返そうとしたところで、ジュリアンがとうとう笑いを噛み殺しながら口を挟んだ。
「綾乃。残念ながら、北米案件があるのは本当だ」
「ジュリアンまで……」
「君にとっても悪い話ではないと思うよ。実務を見た方が、会社を理解するのも早い」
それを言われると弱い。
仕事内容には、興味がある。
しかも北米案件なら、これまでの経験も活かせる。
「……分かりました」
渋々答える。
「明日、八時半ですね」
「ああ」
遼河さんが、わずかに満足そうな顔をした。
何、その顔。
私を明日から出勤させることが、そんなに嬉しいの?
……いや。
考えるのはやめよう。
その後、必要な手続きと明日以降の予定を確認し、顔合わせミーティングは終了した。
主要メンバーたちが、それぞれ資料を手に席を立つ。
私も立ち上がろうとした、その時だった。
「綾乃は残れ」
動きが止まる。
「ジュリアン。お前もだ」
「私も?」
「当然だ」
ジュリアンは少しも困った様子を見せず、椅子へ座り直した。
「説明してもらうことがある」
「何についてだい?」
「全部だ」
その一言に、一ノ瀬さんが何か言いたそうにこちらを見たけれど、城之内さんに背中を押されるように会議室を出ていった。
最後に扉が閉まる。
