『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』

会議室に、痛いほどの沈黙が落ちた。

誰も、すぐには言葉を発しなかった。

主要メンバーたちの視線が、遼河さんと私、そしてジュリアンの間を行き来している。

どうやら。

私と遼河さんが幼い頃からの知り合いだということは、誰も聞かされていなかったらしい。

最初に沈黙を破ったのは、一ノ瀬さんだった。

「……藤和CEOと鷹宮さんは、お知り合いだったんですか?」

遼河さんは私から視線を逸らさないまま、短く答えた。

「幼馴染だ」

「幼馴染……」

一ノ瀬さんが確認するように繰り返す。

白鳥さんは驚いたように目を見開き、真崎さんまでタブレットから顔を上げていた。

私はというと。

聞きたいことが多すぎて、何から口にすればいいのか分からない。

どうして遼河さんがKSサイエンスのCEOなのか。

藤和グループを継ぐものだとばかり思っていたのに、いつ会社を立ち上げたのか。

そして何より。

なぜ、ジュリアンはそのことを私へ隠していたのか。

私はゆっくりとジュリアンへ顔を向けた。

“What exactly have you been hiding from me?”
(いったい、私に何を隠していたの?)

ジュリアンは、悪びれる様子もなく微笑んだ。

“Nothing that would affect your ability to do the job.”
(君の仕事の能力に関わることは、何も隠していないよ)

“That’s not what I’m asking.”
(そんなことを聞いているんじゃないわ)

“I know.”
(分かっているよ)

分かっていて、とぼけている。

「……本当に、いい性格してる」

小さく呟くと、ジュリアンは楽しそうに肩をすくめた。

「CEOの名前を事前に伝えなかったのは、私の判断だ」

今度は日本語で、室内にいる全員へ説明するように告げる。

「伝えていれば、綾乃はこの仕事を受けなかった可能性が高いからね」

「当然でしょう」

反射的に答えてから。

しまった、と思った。

遼河さんの眉が、わずかに動く。

「俺がいると知っていれば、断ったのか?」

低い声。

「それは……」

すぐには答えられなかった。

仕事そのものに不満はない。

むしろ、これまで身につけてきた知識や経験を活かせる、願ってもない環境だと思っていた。

それでも。

相手が遼河さんなら、話は別だった。

十三年間。

蘭の許嫁になる人だと思っていた。

忘れられなくても。

近づいてはいけない人だと、自分に言い聞かせてきたのだから。

「……個人的な事情です」

「その事情は、あとで聞く」

「いえ。お話しするとは申し上げておりません」

「なら、俺が聞き出す」

「……相変わらず強引」

「聞こえているぞ」

「聞こえるように言いました」

答えた瞬間。

一ノ瀬さんが、堪えきれないように顔を伏せた。

肩が揺れている。

笑ってる。

絶対に笑ってる。

「一ノ瀬」

遼河さんの声が飛ぶ。

一ノ瀬さんは慌てて顔を上げた。

「申し訳ありません。藤和CEOが女性と言い合っているところを初めて見たもので」

「余計なことを言うな」

「はい」

返事だけは素直だった。

張り詰めていた空気が、ほんの少し緩む。

遼河さんは会議室の奥へ進むと、空いていた上座へ腰を下ろした。

「綾乃も座れ。まずは顔合わせを終わらせる」

また命令。

反発しかけたけれど。

ここは仕事の場だ。

私は一度息を整え、案内されていた席へ静かに腰を下ろした。

正面には遼河さん。

右隣にはジュリアン。

……席まで逃げ道がない。