『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』

「遅れて申し訳ない」

低く。

よく通る声。

たったそれだけだった。

なのに。

胸の奥が、大きく揺れた。

息が止まる。

知らないはずがない。

忘れるはずもない。

ずっと聞いていなかったのに。

耳だけが、先にその声を思い出した。

まさか。

ゆっくりと振り返る。

扉の前に立っていたのは、長身の男性だった。

完璧に仕立てられたダークスーツ。

広い肩。

鍛えられた体格。

昔の面影を残しながらも。

記憶の中にいた青年は、隙のない大人の男性へと変わっていた。

けれど。

見間違えるはずがない。

「……遼河さん?」

喉から、かろうじて声が出た。

藤和遼河。

私より六歳年上。

大手デベロッパー・藤和グループの御曹司。

そして――

幼い頃。

私が初めて好きになった人。

初めて会ったのは、私が十歳の頃だった。

お父様に連れられて出席した仕事関係のパーティー。

当時十六歳だった遼河さんは、子どもだった私にも面倒がらずに話しかけてくれた。

家同士の付き合いもあり、その後も顔を合わせる機会は何度もあった。

六歳も年上の彼のあとを、私はいつも追いかけていた。

気づいた時には。

ただの「お兄さん」ではなくなっていた。

けれど。

十三歳の頃。

二歳下の蘭が、突然言い始めた。

『遼河さんは、私の許嫁になるの』

最初は。

蘭のいつもの思いつきだと思った。

けれど早紀子さんは、否定しなかった。

それどころか。

『そうよ。蘭には、遼河さんのような方がふさわしいわ』

当然のことのように笑った。

だから私は。

信じた。

蘭と遼河さんの間には、家同士で決められた未来があるのだと。

本人へ確かめる勇気なんてなかった。

好きになってはいけない人なのだと。

そう思って。

十三歳の私は、自分の気持ちに蓋をした。