『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』



朝食は、懐かしい味だった。

焼き魚。

ふんわりとした卵焼き。

具だくさんの味噌汁。

炊きたてのご飯。

向かいに座る佐知子さんと昔の話をしていると、五年前までの記憶が次々と蘇ってくる。

早紀子さんや蘭に見つからないよう、二人でこっそり残ったおかずを食べたこと。

形の崩れた卵焼きを「味見」と言って分けてもらったこと。

辛い記憶ばかりだったはずのあの家にも。

佐知子さんと過ごした時間だけは、確かに温かかった。

そんな話をしているうちに、佐知子さんが何気なく尋ねた。

「ところで、綾乃お嬢様。本日のご予定は?」

「今日はKSサイエンスで顔合わせ。十一時から――」

言いながら、時計を見る。

九時を少し回っていた。

「……九時?」

「九時十二分でございます」

手にしていたコーヒーカップが止まる。

「佐知子さん」

「はい」

「どうして、もう少し早く言ってくれなかったの?」

「綾乃お嬢様が、あまりにも楽しそうにお話しされておりましたので」

悪びれもしない。

「……私も忘れてたけど」

そこは認めるしかない。

「まだ十分に間に合いますよ」

「初日から慌てて到着するのは嫌なの」

コーヒーを飲み干し、立ち上がる。

「支度してくる」

寝室へ戻り、リビングに積まれた段ボールを見たところで。

私は固まった。

スーツ。

ブラウス。

靴。

バッグ。

どの箱に入っているのか、まったく分からない。

出発前の荷造りは、マクレーン家のスタッフにも随分手伝ってもらった。

つまり。

自分で詰めていない箱がかなりある。

「……まずい」

適当に一箱開ける。

本。

書類。

違う。

もう一箱。

小物。

これも違う。

「佐知子さん!」

声を上げると、すぐにリビングから返事がした。

「はい?」

「私の仕事用の服、どこに入ってるか分からない」

佐知子さんが寝室へ入ってくる。

なぜか、少し楽しそうだった。

「そうなるだろうと思っておりました」

「え?」

「お仕事に必要なお洋服でしたら、すべてクローゼットにございますよ」

「……クローゼット?」

昨日。

広いな、とは思った。

けれど、中までまともに確認していない。

扉を開ける。

そして――

「……何これ」

思わず声が漏れた。

スーツ。

ブラウス。

ワンピース。

コート。

どれも色や用途ごとに美しく並べられている。

引き出しには、ストッキングやハンカチ。

アクセサリーまで揃っていた。

しかも。

全部、私の好み。

「お母様ね……」

「はい。真悠子様から、細かなご指示をいただいております」

「細かすぎない?」

「綾乃お嬢様は、帰国初日に荷ほどきをしないだろう、と」

完全に読まれていた。

「……お母様には敵わない」

「母親でございますから」

佐知子さんはそう言って、濃紺のパンツスーツとアイボリーのブラウスを取り出した。

「本日の顔合わせでしたら、こちらはいかがでしょう?」

「うん。これにする」

「お靴も、バッグもご用意しております」

「……完璧」

思わず呟く。

「五年ぶりに綾乃お嬢様のお支度のお手伝いができますので、私も少々張り切ってしまいました」

「帰国した本人より、周りの方が私の生活を把握してない?」

「それだけ皆様が、お嬢様のことを大切に思っていらっしゃるのでございますよ」

その言葉に。

一瞬だけ、胸が詰まった。

昔は。

自分が誰かに大切にされているなんて、考えたこともなかった。

でも今は違う。

「……そうね」

小さく笑い、ブラウスへ袖を通した。

長い髪を整え、仕事用の控えめなメイクをする。

最後に、小ぶりなパールのピアスをつけた。

鏡の中にいるのは――

五年前。

何も分からないまま、日本を追われるように出ていった私ではない。

今日から、新しい場所で働く鷹宮綾乃だ。