しばらくして身体を離すと、私は改めて佐知子さんを見た。
「でも、本当にどうしてここにいるの?」
「旦那様からお話をいただいたのでございます」
「お父様から?」
「はい。一昨年、私は鷹宮のお屋敷を退職いたしまして、息子夫婦のところで暮らしておりました」
それは聞いていた。
私が日本を離れてから三年ほど経った頃。
佐知子さんが鷹宮家を辞めたらしい、と志水さんから連絡をもらったことがある。
「ですが先日、旦那様からご連絡をいただきまして」
佐知子さんの顔に、柔らかな笑みが戻る。
「綾乃お嬢様がお帰りになるので、こちらのお住まいをお願いできないか、と」
「それで……?」
「再び働かせていただくことにいたしました」
嬉しさが、じわじわと胸へ広がっていく。
「私のために、戻ってきてくれたの?」
「綾乃お嬢様のお世話でしたら、断る理由などございません」
「私、もう二十六歳よ」
「存じております」
「一人で生活できます」
「それも存じております」
「じゃあ、お世話はいらないんじゃない?」
「お食事は?」
「……作れます」
「お掃除は?」
「できます」
「お仕事でお忙しい日は?」
「……」
佐知子さんが、にこりと笑った。
「では、必要でございますね」
負けた。
昔から、この人には敵わない。
「とりあえず、お顔を洗っていらしてくださいませ。朝食が冷めてしまいます」
「はいはい」
返事をしながら洗面室へ向かいかけ――
「綾乃お嬢様」
「なに?」
「お嬢様がお帰りになるのを楽しみにしていたのは、私だけではございませんよ」
振り返る。
けれど佐知子さんは、それ以上何も言わず、再びキッチンへ向き直った。
昨日のお父様といい。
志水さんといい。
どうして皆、意味深なことだけ言って続きを教えてくれないのだろう。
「……帰国早々、隠し事だらけなんだけど」
小さく呟き、洗面室へ向かった。
