『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』



部屋をひととおり見たところで、お父様が口を開く。

「仕事は明日からだったか?」

「正式な出社は明後日。明日は顔合わせだけ」

「ジュリアンから紹介された会社だったな」

「うん。KSサイエンス」

トーマスの甥であるジュリアン・マクレガーから話をもらったのは、日本へ戻ることを決めて間もない頃だった。

CEO付き秘書を探している会社がある。

これまで身につけてきた経験も、十分に活かせるはずだ、と。

紹介されたのは、世界的なAI企業――KSサイエンス。

美容業界とはまったく違う。

けれど、財務も契約も企業交渉も、業界が変われば見えるものはまた違ってくる。

だからこそ、興味が湧いた。

新しい場所で、自分の力がどこまで通用するのか。

試してみたかった。

「明日は十一時から、顔合わせを兼ねたミーティング。正式にはその翌日から勤務です」

「そうか」

お父様は、ただ一言そう答えた。

その横で。

なぜか志水さんが、ほんの一瞬だけ視線を逸らした。

……何?

二人とも今日は妙に隠し事が多くない?

聞こうとしたところで、お父様が先に口を開いた。

「ああ、志水。あれを綾乃に」

「かしこまりました」

志水さんが鞄から、小さな革張りのケースを取り出す。

「綾乃お嬢様、こちらを」

受け取って開く。

中には一枚のカードと、スマートキーが入っていた。

「こちらはエントランス、エレベーター、お部屋の解錠に必要なセキュリティカードでございます」

「うん」

「そして、こちらが地下駐車場にご用意しております、お車のキーです」

「……車?」

思わず顔を上げる。

「車まで用意したの?」

「カリフォルニアでは、車で通学も通勤もしていたのだろう?」

「そうだけど。ここ、東京よ?」

「だから何だ」

「電車があります」

お父様は、さも当然のように言った。

「五年間まともに満員電車へ乗っていないお前が、帰国早々、毎朝それで通勤するつもりなのか?」

「……」

朝の満員電車を想像する。

人。

人。

人。

カリフォルニアでは、どこへ行くにも車。

日本で免許を取ったとはいえ、あの通勤ラッシュへいきなり戻れるかと言われれば――

「……ありがたく使わせていただきます」

素直にスマートキーを受け取った。

お父様が満足そうに頷く。

それにしても。

家だけでも十分すぎるのに、今度は車。

五年前まで四畳半の倉庫部屋で暮らしていた娘に対して、少々振り幅が大きすぎるのではないだろうか。

「綾乃」

「はい?」

「遠慮する必要はない」

穏やかな声だった。

「これは、もともとお前が受け取るべきものだ」