『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』

聞きたかった。

けれど、痩せた横顔を見ていると、言葉にはできなかった。

車が到着したのは、都心にありながら豊かな緑と静けさに包まれた住宅街だった。

大通りから少し奥へ入ったところに、周囲の景観へ溶け込むように建つ低層の高級レジデンス。

華美ではない。

けれど、重厚なエントランスと常駐するコンシェルジュ、幾重にも設けられたセキュリティを見れば、普通の住まいではないことくらい分かる。

車を降り、建物を見上げた。

「……ここ?」

「ああ」

お父様は当然のように答える。

専用カードがなければ、エントランスへ入ることも、エレベーターを動かすこともできないらしい。

「三階だ」

促されるまま、志水さんと一緒にエレベーターへ乗る。

三階へ到着し、一室の前で志水さんが足を止めた。

「こちらでございます」

扉が開く。

足を踏み入れた瞬間――

思わず立ち止まった。

「……わぁ」

大きな窓から、春の柔らかな陽射しが惜しみなく降り注いでいる。

窓の向こうには、都心とは思えないほど豊かな木々。

風に揺れる若葉の影が、明るい室内へゆっくりと揺れていた。

明るい。

何よりも最初に、そう思った。

間取りは三SLDK。

一人で住むには、どう考えても広すぎる。

ゆったりとしたリビングとダイニング。

その奥には機能的なキッチン。

寝室のほかに二部屋と書斎まである。

ウォークインクローゼットに至っては、昔暮らしていた四畳半の部屋より広いのではないだろうか。

「……広すぎない?」

つい、いつもの口調が出た。

志水さんが小さく笑う。

お父様は何事もなかったような顔で答えた。

「狭くて困るよりはいいだろう」

いや。

限度というものがあるでしょう。

もちろん、声には出さない。

もう一度、部屋を見渡す。

どこにいても、光が届いている。

五年前。

四畳半の倉庫のような部屋で暮らしていた私に。

お父様が用意したのは、どこにいても陽の光が差し込む家だった。

「気に入らなければ、別のところを探させる」

「ううん」

すぐに首を横へ振った。

「ここがいい。すごく素敵」

そう答えると、お父様はほんの少しだけ目元を緩めた。

その顔を見た瞬間。

何となく、分かってしまった。

この部屋は、ただ安全だから選ばれたわけではない。

きっと、お父様は。

私が二度と、暗く狭い場所へ追いやられないように。

この家を選んだ。

胸の奥が、少しだけ苦しくなる。

「ありがとう、お父様」

小さく伝えると、お父様は何も答えなかった。

ただ、ゆっくりと頷いた。