聞きたかった。
けれど、痩せた横顔を見ていると、言葉にはできなかった。
車が到着したのは、都心にありながら豊かな緑と静けさに包まれた住宅街だった。
大通りから少し奥へ入ったところに、周囲の景観へ溶け込むように建つ低層の高級レジデンス。
華美ではない。
けれど、重厚なエントランスと常駐するコンシェルジュ、幾重にも設けられたセキュリティを見れば、普通の住まいではないことくらい分かる。
車を降り、建物を見上げた。
「……ここ?」
「ああ」
お父様は当然のように答える。
専用カードがなければ、エントランスへ入ることも、エレベーターを動かすこともできないらしい。
「三階だ」
促されるまま、志水さんと一緒にエレベーターへ乗る。
三階へ到着し、一室の前で志水さんが足を止めた。
「こちらでございます」
扉が開く。
足を踏み入れた瞬間――
思わず立ち止まった。
「……わぁ」
大きな窓から、春の柔らかな陽射しが惜しみなく降り注いでいる。
窓の向こうには、都心とは思えないほど豊かな木々。
風に揺れる若葉の影が、明るい室内へゆっくりと揺れていた。
明るい。
何よりも最初に、そう思った。
間取りは三SLDK。
一人で住むには、どう考えても広すぎる。
ゆったりとしたリビングとダイニング。
その奥には機能的なキッチン。
寝室のほかに二部屋と書斎まである。
ウォークインクローゼットに至っては、昔暮らしていた四畳半の部屋より広いのではないだろうか。
「……広すぎない?」
つい、いつもの口調が出た。
志水さんが小さく笑う。
お父様は何事もなかったような顔で答えた。
「狭くて困るよりはいいだろう」
いや。
限度というものがあるでしょう。
もちろん、声には出さない。
もう一度、部屋を見渡す。
どこにいても、光が届いている。
五年前。
四畳半の倉庫のような部屋で暮らしていた私に。
お父様が用意したのは、どこにいても陽の光が差し込む家だった。
「気に入らなければ、別のところを探させる」
「ううん」
すぐに首を横へ振った。
「ここがいい。すごく素敵」
そう答えると、お父様はほんの少しだけ目元を緩めた。
その顔を見た瞬間。
何となく、分かってしまった。
この部屋は、ただ安全だから選ばれたわけではない。
きっと、お父様は。
私が二度と、暗く狭い場所へ追いやられないように。
この家を選んだ。
胸の奥が、少しだけ苦しくなる。
「ありがとう、お父様」
小さく伝えると、お父様は何も答えなかった。
ただ、ゆっくりと頷いた。
けれど、痩せた横顔を見ていると、言葉にはできなかった。
車が到着したのは、都心にありながら豊かな緑と静けさに包まれた住宅街だった。
大通りから少し奥へ入ったところに、周囲の景観へ溶け込むように建つ低層の高級レジデンス。
華美ではない。
けれど、重厚なエントランスと常駐するコンシェルジュ、幾重にも設けられたセキュリティを見れば、普通の住まいではないことくらい分かる。
車を降り、建物を見上げた。
「……ここ?」
「ああ」
お父様は当然のように答える。
専用カードがなければ、エントランスへ入ることも、エレベーターを動かすこともできないらしい。
「三階だ」
促されるまま、志水さんと一緒にエレベーターへ乗る。
三階へ到着し、一室の前で志水さんが足を止めた。
「こちらでございます」
扉が開く。
足を踏み入れた瞬間――
思わず立ち止まった。
「……わぁ」
大きな窓から、春の柔らかな陽射しが惜しみなく降り注いでいる。
窓の向こうには、都心とは思えないほど豊かな木々。
風に揺れる若葉の影が、明るい室内へゆっくりと揺れていた。
明るい。
何よりも最初に、そう思った。
間取りは三SLDK。
一人で住むには、どう考えても広すぎる。
ゆったりとしたリビングとダイニング。
その奥には機能的なキッチン。
寝室のほかに二部屋と書斎まである。
ウォークインクローゼットに至っては、昔暮らしていた四畳半の部屋より広いのではないだろうか。
「……広すぎない?」
つい、いつもの口調が出た。
志水さんが小さく笑う。
お父様は何事もなかったような顔で答えた。
「狭くて困るよりはいいだろう」
いや。
限度というものがあるでしょう。
もちろん、声には出さない。
もう一度、部屋を見渡す。
どこにいても、光が届いている。
五年前。
四畳半の倉庫のような部屋で暮らしていた私に。
お父様が用意したのは、どこにいても陽の光が差し込む家だった。
「気に入らなければ、別のところを探させる」
「ううん」
すぐに首を横へ振った。
「ここがいい。すごく素敵」
そう答えると、お父様はほんの少しだけ目元を緩めた。
その顔を見た瞬間。
何となく、分かってしまった。
この部屋は、ただ安全だから選ばれたわけではない。
きっと、お父様は。
私が二度と、暗く狭い場所へ追いやられないように。
この家を選んだ。
胸の奥が、少しだけ苦しくなる。
「ありがとう、お父様」
小さく伝えると、お父様は何も答えなかった。
ただ、ゆっくりと頷いた。
