『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』

その瞬間。

胸の奥で。

何かが音を立ててほどけた気がした。

十三年間。

一人で抱えてきたもの。

諦めなければならないと思っていた恋。

叶わないものだと決めつけていた未来。

全部が。

少しずつ。

別の形へ変わっていく。

私たちは。

すれ違っていただけだった。

同じ時間を。

別々の場所で。

同じ相手を思って。

それでも。

互いに知らないまま。

十三年も。

「……何それ」

涙を拭いながら笑う。

「何が」

「そんなの……」

喉の奥が詰まって。

上手く言えない。

だから。

子どもみたいな言葉が出た。

「十三年返してよ」

遼河さんが、わずかに笑った。

「俺も返してほしい」

「誰に?」

「蘭さんに聞け」

「そこ?」

思わず吹き出した。

遼河さんも笑った。

ほんの少し。

でも。

私が昔から好きだった笑い方だった。

二人の笑い声が。

静かなホテルの部屋へ、小さく溶けていく。

やがて。

自然に笑いが止まった。

近い。

遼河さんの手は、まだ私の頬に触れていた。

その距離を意識した瞬間。

身体中が熱くなった。

さっきまで昔の話をしていたのに。

今。

目の前にいるのは。

もう十三年前の遼河さんではない。

私も。

あの頃の少女ではない。

「綾乃」

「……はい」

「今は酔ってないな」

意味は。

すぐに分かった。

「酔ってません」

「昨日の続きじゃない」

「うん」

「十三年前の埋め合わせでもない」

少し考えて。

私は頷いた。

今の私が。

今の遼河さんを。

選ぶ。

過去を取り戻すためではない。

失った時間を埋めるためでもない。

「逃げるか」

小さく聞かれた。

私は首を振った。

「もう、逃げたくない」

「本当に?」

「何度聞くの」

「十三年待った」

遼河さんが、わずかに目を細める。

「これくらい確認させろ」

その言葉に。

胸がいっぱいになった。

私は自分から手を伸ばした。

遼河さんのシャツを。

そっと掴む。

昔は。

振り払うように離れていた手。

昨夜は。

酔った勢いで掴んだ手。

でも今日は。

自分の意思で。

「遼河さん」

「何だ」

「私が選ぶ」

「何を」

私は顔を上げた。

「あなたを」

次の瞬間。

抱きしめられた。

息が止まるほど強く。

まるで。

十三年間。

失った時間ごと抱きしめるように。

けれど。

乱暴ではなかった。

どこまでも。

大切なものを確かめるような腕だった。

頬を胸へ預ける。

規則正しいはずの心臓が。

思ったより速く打っていた。

遼河さんも。

同じなのだ。

そう思うと。

少しだけ笑った。

「……遼河さん」

「何だ」

「ちょっと苦しい」

腕の力が、すぐに緩んだ。

「悪い」

「……でも」

自分でも我が儘だと思う。

それでも。

言いたかった。

「離さないで」

一瞬。

遼河さんの腕が止まった。

それから。

さっきより少しだけ優しく。

もう一度。

私を包み込んだ。

私は目を閉じた。

長かった。

本当に。

長すぎるくらい。

遠回りした。

何度も。

もう終わった恋なのだと思った。

でも。

終わっていなかった。

ようやく。

辿り着いた。

顔を上げると。

視線が重なった。

遼河さんが、一度だけ深く息をする。

それから。

「キスしていいか」

思わず笑った。

「今さら、そこは聞くんですね」

「聞く」

「……はい」

唇が触れた。

最初は。

本当に触れるだけだった。

確かめるように。

私が逃げないことを。

そして。

自分も夢を見ているわけではないことを。

互いに確かめるような。

静かな口づけ。

一度離れて。

目が合った。

今度は。

私から目を閉じた。

もう一度。

唇が重なる。

さっきより少しだけ長く。

でも。

急がない。

その優しさが。

胸の奥まで沁みた。

十三年間。

叶わないと思っていた恋が。

ようやく。

現実になった。