リフォーム営業マンの小さなドキドキ短編集

「石井さん、今日も暑いですね」

「大変だけど、お互い頑張ろ」

いつの間にか、ネームプレートに書かれた苗字で声をかけるようになっていた。

石井さんは、俺の名前を知らない。

さすがに、わざわざ聞いてくることもない。

だから会話は、

「あの……」

とか、

「おはようございます」

から始まる。

それでも、お客と店員さん以上には、少しずつ距離が縮まっていた。

そんな現場も、あと数日で終わる。

ある日、俺はいつものようにコンビニへ行った。

「もうそろそろ、この現場も終わるよ」

石井さんに、そう呟いた。

「そっか……楽しみだったのにな」

石井さんが言う。

「また近くの現場があれば寄るよ」

「うん……」

少し寂しそうに見えた石井さんを後に、俺はコンビニを出た。

……まあ、寂しそうと決めつけていること自体、勘違いなのかもしれない。

でも、俺はそんな勘違いくらいが好きだ。

多分……いや、きっと勘違いなんだ。

石井さんは、俺に好意なんてない。

ただ俺は、その小さな勘違いのドキドキを胸にしまえるのなら。

しまっていいのなら。

また明日から、前向きに仕事ができる気がする。

これがいいんだ。

これくらいがいいんだ。

仕事の毎日に、ほんの少しだけ振りかける。

スパイスなんだ。

かけすぎたら、ダメなんだよな。