不動産王子に求婚されたのでオタクにしてやりました

美月は怜司を連れ戻すことを諦め、一人で席へ戻った

怜司は少し離れたテーブルで

第一王子のグッズを並べた女性客へ真剣な顔で質問を続けている

「というわけなんだ」
「俺と、この人物は、何が違う?」

「えっと……距離感、ですかね」

「距離感?」

「好きな子のためだからって」
「いきなり隣へ引っ越したりはしないと思います」
「王子様ですし……」

怜司は手帳へ何かを書き込んだ

「他にはあるか?」
「君は第一王子のどんなところが好きだ」

「第一王子って、普段は無口で冷たいんですけど」
「ヒロイン相手だと、すごく甘いんですよ~」

「甘い?」

もう一人の女性が頷く

「そうそう! 分かる~」
「そこが良いのよね」

怜司は少し考えた

「つまり、甘やかすという意味か?」

「え?」

「相手が喜ぶことをしたり、欲しいものを与えたりする」

「まあ……そうですね」

「なるほど」
「そこの方針は同じのようだな」

達也が呆れたように呟いた

「怜司の奴……」
「なにを聞いてんだよ」

美月は残っていたドリンクへストローを差した

「もう放っておくことにしたわ」
「あの子たちも楽しそうだし」

達也は向かい側から、しばらく美月の顔を見つめていた

「それで、美月さん」

「なに?」

「怜司のフィアンセのあんたには言っておきたいことがあってな」

美月は危うくドリンクを吹き出しかけた

「フィアンセなんかになってないから!」
「私は断ったからね!」

「そうなのか?」
「あのアパートで実質同棲生活を始めたんじゃなかったのか?」

「全然違うわよ!」
「怜司君が勝手に、隣に引っ越してきただけよ!」

達也は驚いた表情をしてから

右手で額を押さえて小さく息を吐いた

「まじかよ……」
「勝手に誤解して、色々と……悪い」
「迷惑だとは思うけど、俺も言わなきゃいけない立場でな」
「少しだけ付き合ってくれよ」
「俺……美月さんの分を一杯飲むからさ」

「ほんと!? いいの?」

「ああ、いいぜ」

達也は両腕をテーブルへ置き、少し身を乗り出す

「多分、知ってるんだと思うけど」
「再開発の計画から、美月さんの住むアパートだけを外すことになった」
「設計の変更、工事の遅れ、関係先への補償」
「失うはずの利益まで合わせれば、損害は3億円じゃすまない」

「さ、3億円……?」

美月は思わずストローから口を離した

「その損害を、怜司は全部自分で補うつもりだ」
「会社や仲間には負担させないってな」

「そんな……」

美月は振り返って怜司に目を向けた

怜司は別の店員を捕まえ、第一王子のパネルと自分の顔を交互に示している

とても3億円を背負おうとしている男には見えなかった

「どうして……そこまで」

「それを聞きたいのは俺のほうだ」
「怜司は、そんなことするやつじゃねえんだよ」

達也の真剣な視線が美月へ向けられる

「美月さんは、怜司に何を言ったんだ?」

「私は……」

美月は達也へ向きなおって膝の上で手を握った

「あのアパートには、母との思い出があるって話したの」
「私にとっては……大切な場所だって」

「それだけか?」

「あと……怜司君との会話が、凄く冷たく感じて……」
「心がない……とか言ったり……」

達也の眉がわずかに動いた

「でも、アパートを買ってほしいなんて、私は一言も言ってない」
「3億円も損害が出るなら、私は出ていくわ」
「そりゃ……大切な場所ではあるよ……」
「ママとお別れするまで、一緒に暮らした場所だから」
「でも、そこまでして住み続けようとは思わない」
「怜司君が責任を背負わされたりするなんて……嫌だよ」

達也は椅子から立ち上がると、美月へ背中を向けた

それから、ぽつりと言った

「ばかやろう」

「え……?」

「大切な場所なんだろ」
「だったら簡単に捨てるなんて言うな」

「でも……」

「同じことを知ったら、俺だって同じことをやった」
「今回ばかりは、怜司が正しい」
「美月さんは、なにも気にしなくていいんだ」
「あの家にずっと住んでろよ」

達也は両手を強く握り締めた

声も一段重くなる

「あの小説がなかったら、今の俺たちはいない」
「昔の俺たちは、本当にどうしようもない不良だった」
「平気で誰かを傷つけて、盗みばかりやってた」
「他の生き方なんか知らなかったし」
「明日のことなんて、考えたこともなかった」

達也は顔を伏せた

「そんな頃……」
「怜司が美月さんにもらった小説を持ってきた」
「自分も、この王子みたいになりたいなんて言い出したんだ」
「立派な、金のある人間になりたいってな」

美月は黙って達也の背中を見つめる

「怜司が変わったから……」
「俺も変われたんだ」
「足場の仕事をはじめて、学校にも行き直した」
「勉強して、資格を取って、仕事覚えて、会社作って」
「二人でようやく、ここまで来たんだ」

達也は振り返らなかった

その背中がかすかに震えている

「だから、俺も美月さんには感謝してる」
「あの小説を怜司に渡してくれて」
「ありがとう」

涙を見られたくなくて、こちらへ背中を向けているのだ

そう気づいた美月は、何も言えなくなった

「美月さんがどう言おうと、あの場所は俺たちが守る」
「3億だろうが、それ以上だろうが関係ねえ」
「今の俺たちがあるのは、美月さんのおかげだからな」

近くの席から、すすり泣く声が聞こえた

「リアル第二王子……」

「ヤンチャそうで、仲間思い……」

「第一王子との絆が重すぎる……」

「解釈一致……」

「二人で頑張ってきたんだ……尊い……」

達也の肩がぴくりと動いた

「全部聞こえてんぞ!」

周囲の女性客たちが、さっと目をそらした