不動産王子に求婚されたのでオタクにしてやりました

次の瞬間

怜司が立ち上がった

冷蔵庫を開け

食材を取り出す

鍋を出し

フライパンをコンロへ置く

さっきまでとは別人のように

てきぱきと動き始めた

美月が目を丸くする

「ちょっと……」
「急に元気になりすぎでしょ」

怜司はほうれん草を洗いながら答える

「今日は」
「まず、ほうれん草のお浸し」
「胡麻和え」
「ベーコンとほうれん草のバター炒め」
「ほうれん草とキノコのクリームグラタン」
「ほうれん草入りのだし巻き卵」
「それからポタージュも作る」

「ちょっと待って!」
「多くない?」

「まだある」

「まだあるの!?」

「ほうれん草とチーズのキッシュ」
「白和え」
「ほうれん草と豚肉の常夜鍋」
「明日の朝は」
「ほうれん草とベーコンのオムレツにする」

「そんなにたくさん作って」
「二人で食べられるわけないでしょ!?」
「何日ほうれん草生活させる気なのよ!」

怜司が美月を見る

「美月はほうれん草が嫌いなのか?」

「好きだけど」
「限度ってものがあるでしょ」

怜司はほうれん草を洗いながら

少しだけ笑った

「美月と育てた初めての野菜だ」
「できるだけ」
「美月と一緒に食べたい」

美月は一瞬言葉に詰まり

怜司の横顔を見る

「そういうこと」
「急に言うのずるくない?」

「そうか?」

「そうよ」

美月は小さく笑った

そして

怜司の隣へ立つ

「私も手伝う!」

「美月は座っていてくれ」

美月の眉がぴくりと動く

「またそれ?」
「足手まといだとか思ってるでしょ」

「そんなことは思っていない」
「ただ、俺が作ったものを」
「美月に食べてもらいたい」

「毎日食べてるでしょ」
「今日は、私も一緒に作るの!」

怜司が美月を見て小さく笑った

「ああ」
「一緒に作ろう」

「うん!」

二人は並んで

台所に立った

美月は今日収穫した

ほうれん草を洗い始める

その隣で

怜司は鍋を火にかけ

包丁を手に取った

「そうだ、怜司」
「今度の冬コミだけど」
「そろそろ作戦会議するからね」

「作戦会議?」

「会場は広いし」
「人もすごく多いの」
「何も知らずに行ったら大変なんだから」

「そうなのか」
「分かった」

美月は怜司を横目で見る

「まず、スーツは禁止ね」

「なぜだ?」

「動きにくいし」
「会場で浮くから」
「ただでさえ怜司は目立つんだから」
「何かのコスプレだと思われるわよ」
「服は私が選んであげる」

「ああ」
「美月に任せる」

「それから」
「社員を代わりに並ばせるのも」
「お金で人を雇うのも禁止だからね」

「まだ何も言っていない」

「やろうとしてたでしょ?」
「私にも」
「怜司がやりそうなことが分かってきたわ」

怜司は少し黙った

「効率的だと思った」
「なぜ駄目なんだ」

「仕事と関係ないことで」
「社員を使っちゃ駄目でしょ」
「私はそういうの嫌いよ」
「欲しいなら自分で並びなさい」

「しかし」
「それでは手に入らないかもしれない」

「だからなによ」

「え?」

「みんな同じなの」
「欲しくて並んでるのよ」
「好きなのは自分だけじゃない」
「だから公平な土俵で戦うのが」
「オタクの誇りよ」
「分かった?」

怜司はしばらく美月を見つめた

「分かった」

美月は怜司へ人差し指を向けた

「怜司は初めてなんだから」
「当日は私から離れないでね」

「ああ」
「美月先生についていく」

「私は先生じゃないでしょ」

「え?」

「最愛の恋人……」
「だよね?」

怜司の動きが止まった

持っていた包丁を置く

その目に

美月がよく知る熱が宿った

まずい……

完全にスイッチが入ってる

美月は慌てて

一歩後ろへ下がろうとした

だが

それより先に

怜司の腕が腰へ回る

美月は怜司の胸へ両手をついた

「昼間は駄目!」
「何回言えばいいのよ!」

「美月が誘った」

「誘ってないわよ!」
「なにをどう変換したのよ!?」

すぐそばで

怜司の低い声が落ちる

「嫌なのか?」

真剣な眼差しで見つめられ

美月は思わず息を止めた

怜司の顔が近づいてくる

怜司の胸に当てていた手から

ほんの少し力が抜けた

このまま……

一瞬、そう思った

その時

鍋がぐつぐつと音を立てた

美月は我に返り

怜司の胸を強く押し返した

「嫌とかじゃないでしょ!?」
「今、ご飯作ってるよね!」
「めっ! でしょ!」

怜司はすぐに

美月の腰から手を離した

「最愛の恋人と言ってくれたのが」
「嬉しかった」

少し引きかけていた

美月の頬の熱が

また戻ってくる

「だからって」
「料理中に迫ってこないの!」

「すまなかった」

「いや……」
「謝られると……」
「なんか違うんだけど……」

怜司は少し首を傾げた

そして

もう一度包丁を持ち

ほうれん草を切り始めた

その後も

二人は手分けして料理を続けた

美月は鍋を覗きながら

小さく笑った

「なんかさ」
「こういうのいいね」

「こういうの?」

「うん」
「二人で種をまいて」
「毎日お世話して」
「収穫して」
「一緒に料理して」
「一緒に食べるの」

怜司はしばらく美月を見る

「ああ」
「俺も好きだ」
「こういうのが」

美月は少し照れたように笑った

「そっか」

やがて

テーブルには

たくさんのほうれん草料理が並んだ

美月は目の前の料理を見る

「結局」
「作りすぎちゃったね」

「明日も食べればいい」

「やっぱり」
「ほうれん草生活が始まっちゃうのね~」

美月が笑い

怜司もつられるように笑った

それから二人は

静かに手を合わせる

「いただきます」
「いただきます」

二人の声が重なった

美月は嬉しそうに

ほうれん草のお浸しへ箸を伸ばす

口へ運び

ゆっくりと味わうように噛んだ

美月の目が

わずかに細くなる

「おいしい……」

怜司が美月を見る

「そうか」

その口元に

小さな笑みが浮かんだ

「うん」
「なんか……」
「特別な味がする」

「ああ」
「俺もそう思う」

二人は顔を見合わせる

美月が笑いかける

怜司も

嬉しそうに笑い返した

「美月」

「なに?」

「次は何を育てる?」

美月は少し考える

「ん~」

そして

怜司へ笑顔を向けた

「怜司と一緒なら」
「なんでもいいよ」

怜司は静かに頷く

「ああ」
「美月と一緒なら」
「なんでもいいな」



祈る
君に
幸あれ

Fin