不動産王子に求婚されたのでオタクにしてやりました

美月の驚いた声が浴室に響いた

すると

脱衣所の外から

ばたばたと足音が聞こえてきた

がちゃ

「美月!」
「どうした!?」

怜司が勢いよく脱衣所の扉を開けた

美月は反射的に胸を両手で隠し

怜司へ背中を向ける

「ちょっと!」
「勝手に開けないでよ!」

怜司の動きが止まった

「すまない」
「大きな声が聞こえたから」

「びっくりしただけよ!」
「こんな改築してたなら」
「先に教えてよね!」

「そうか」

「そうよ!」

美月は背中を向けたまま

怜司が扉を閉めるのを待つ

だが

一向に扉が閉まる気配がない

「怜司?」

「なんだ?」

「なんだじゃないわよ」
「まだいるでしょ?」

「ああ」
「もう少し見ていたい」

「いつも見てるでしょ!?」

「明るいところでは」
「きちんと見せてくれない」

「知らないわよ!」
「早く閉めなさい!」

「分かった」

怜司は素直に返事をした

だが

扉はなぜか

ゆっくりとしか閉まっていかない

本当に

ゆっくりと

「遅い!」

ばたん

ようやく扉が閉まった

「もう……」

美月は真っ赤になった顔を押さえた

浴室に入り身体を洗うと

大きな湯船へ入った

「はぁ~~」

肩まで湯につかり

足を伸ばす

「すご~い」
「広いわね~」

美月は湯船の中を見回す

「これって」
「泡が出るやつよね?」

湯船の横には

いくつものスイッチが並んでいる

「どれだろ」
「これかな?」

美月がスイッチを押すと

湯船に青い照明が点灯した

脱衣所の向こうから声が聞こえた

「美月」

「ん?」

「操作方法が分からないのではないか?」

「うん」
「そうなのよ」
「どれ押せばいいの?」

少し間があった

「美月」

「なに?」

「俺も一緒に入ってもいいか?」

「なんでよ!?」

美月が湯船の中で身体を起こす

「操作方法を教えたい」

「絶対違う目的でしょ!」
「昼間は駄目って言ってるでしょ!」

「何もしない」
「一緒に入るだけだ」

扉の向こうから

怜司の真面目な声が返ってくる

「実は」
「美月と一緒に入るために改築した」

美月の口が開いた

「は!?」

「美月に勧められたアニメのうち」
「合計5作品で」
「主人公がヒロインたちと入浴していた」
「前の浴室では狭すぎて」
「美月と一緒に入れない」

「アニメのお風呂回を再現したくて」
「こんなもの作ったの!?」

「だから」
「一緒に入ってほしい」
「1トン以上の重量に耐えられるように」
「建物の補強までした」

「私とお風呂に入るために」
「なんてことしてくれてんのよ……」

「俺は」
「美月と一緒にお風呂に入ってみたかった」

「なんなのそれ……」
「どう受け止めればいいのよ」

美月は

改めて広くなった浴室を見回す

そこで

嫌な予感がした

「ねえ、怜司」

「なんだ?」

「これ」
「いくら掛かったの?」

少し間が空いた

「大した金額ではない」

美月の眉がぴくりと動く

「い」
「く」
「ら!」
「掛かったの!?」

しばらく沈黙が続いた

やがて

怜司が答える

「500万円だ」

「ごひゃっ!?」

美月は湯船の中で

思わず立ち上がりそうになった

「なにやってんのよ!?」
「怜司のエッチな願望を満たすためだけに!」
「500万円も使わないでよ!」

「言い訳はしない」

「開き直ってんじゃないわよ!」

「美月」

「なによ!」

「俺と一緒に風呂に入るのは嫌か?」

美月の勢いが止まった

「え……」

少し黙る

頬が赤くなる

「嫌じゃないけどさ……」

「では」
「入ってもいいか?」

美月は

湯船の縁へ額をつけるように

がくりとうなだれた

「分かったわよ……」
「いいよ」

「ありがとう!」

扉の向こうから

明らかに嬉しそうな声が返ってくる

美月が顔を上げた

「ただし!」

怜司の動きが止まる

「目隠ししなさい」

返事がない

「怜司?」

返事がない

「め」
「か」
「く」
「し!」
「返事は!?」

少し長い沈黙のあと

「……分かった」

しばらくして

きちんと目隠しをした怜司が

浴室へ入ってきた

美月は浴槽の縁へ視線を落とした

「本当に見えてない?」

「ああ」

美月は怜司の方を見ないまま

指を3本立てた

「何本?」

「見えないから分からない」

「よし」
「そのままだからね」

「ああ」

怜司が身体を洗うあいだ

美月は妙な緊張を覚えながら

湯船で待っていた

しばらくして

怜司が背中へ手を回そうとする

「怜司」

「なんだ?」

「背中」
「洗ってあげる」

怜司の動きが止まった

「いいのか?」

「それくらいならいいよ」

美月は湯船から上がると

怜司の背後へ回り

タオルを受け取った

こうして明るい場所で見ると

怜司の背中は思っていたよりも広く

肩から腰にかけて

筋肉の線がきれいに浮かんでいた

美月は思わず見入る

ごくりと

喉が鳴った

美月は慌てて頭を振る

「じっとしててね」

「ああ」

美月は泡立てたタオルで

その背中をゆっくりと洗っていく

「なんか変な感じ」

「そうか?」

「だってさ」
「怜司の背中洗うなんて」
「ちょっと前なら考えられなかったもん」

「俺は嬉しい」

「はいはい」
「私もよ」

美月は少し照れながら

怜司の肩から背中へタオルを滑らせる

「美月」

「なに?」

「今度は俺が洗おう」

美月の手が止まった

「それは駄目」

「なぜだ?」

「私はもう洗い終わったから」

「そうか……」

「そんな残念そうな声出さないでよ」

美月は怜司の背中を洗い終えると

タオルを置いた

「はい、おしまい」

「ありがとう」

「どういたしまして」

二人は大きなジャグジーへ並んで入った

美月が

教えてもらったスイッチを押す

ぶくぶくと

大量の泡が湯船の中から吹き出した

「わあ!」
「すごい!」

美月が楽しそうに笑う

「これ気持ちいいね~」

「ああ」

目隠しをした怜司も

隣で湯につかっている

美月は怜司の横顔を見てから

少しだけ怜司の肩へ身体を寄せた

怜司の顔が

わずかに美月の方へ向く

「美月」

「なに?」

「俺の前に背中を向けて座って欲しいんだが」

「な……なんでよ」

「美月を抱きしめたい」

「駄目!」

「そうか」

しばらく二人でジャグジーを楽しみ

風呂から上がる

二人はお揃いの部屋着に着替えた

ゆったりとした淡いベージュのシャツに

白い膝丈のハーフパンツ

どちらも怜司が選んだものだった

母から引き継いだ

大きな丸眼鏡と紺色のジャージは

今は大切にしまってある

美月が

母の姿で過ごすことは

いつの間にかなくなっていた

美月はリビングで

大きく伸びをした

「さっぱりしたね~!」

「ああ」

怜司は

少しだけ美月から顔を背けていた

美月がその顔を覗き込む

「なに?」

「なんでもない」

「なんかすねてない?」

「そんなことはない」

「本当はそんなことあるでしょ?」

「ああ」

「やっぱりあるんじゃん!」

「俺は美月と一緒に」
「ちゃんとお風呂に入りたかった」

「い、一緒には入ったでしょ」

美月は少し呆れながらソファへ座る

「なんか」
「お腹すいてきちゃったよ」

「ああ」
「そうだな」

「今日は何作ってくれるの?」

怜司はまだ少し顔をそむけたまま答えた

「ほうれん草のお浸しだ」

「いいね!」
「私、大好きだよ」
「他には?」

「ほうれん草のお浸しだ」

美月が怜司を見る

「ん?」
「他には?」

「ほうれん草のお浸しだ」

「怜司……」
「まだいじけてんの?」

「ほうれん草のお浸しだ」

美月は大きなため息をついた

「もう!」
「夜ならいいって言ってるでしょ!」
「昼間は駄目!」

怜司が美月を見る

「下心は否定しない」
「だが」
「それだけではない」
「美月ともっと近くで」
「一緒に過ごしたかったんだ」

「分かってるよ」
「私だって」
「怜司ともっとくっついていたいんだから」

美月は少し頬を赤くした

「でも」
「お風呂でいちゃいちゃしたら」
「それだけじゃ終わらないじゃん」

怜司は何も答えない

「怜司も」
「私も」
「止まれなくなるんだから」

美月の頬がさらに赤くなる

「そうなったら」
「私、今日もう何もできなくなるでしょ!?」
「だから昼間は駄目なの」
「夜まで待ちなさい」

美月は少し照れながら笑った

「私は怜司から逃げないから」
「時間なら、これからいくらでもあるでしょ?」
「私たち、ずっと一緒なんだから!」

そこまで言い切ると

美月は両手で真っ赤になった顔を覆った

「もう!」
「私になにを言わせんのよ!」

怜司は少し目を伏せた

「美月」
「少し、かっこ悪いことを言ってもいいか?」

「なによ」

「美月が俺のそばにいてくれることを」
「まだ実感できないときがある」
「眠って、目が覚めたら」
「すべてが夢だったと」
「突き付けられるんじゃないかと」

美月は怜司の顔を見つめていた

「怜司」
「私も言ってもいい?」

「なんだ?」

「愛されすぎて困るわ~」
「しょうがないから」
「怜司が安心できるまで」
「寝るときに抱きしめてあげるよ」
「だから」
「そういう不安を一人で抱え込むのは禁止」

怜司の表情が

少しだけ緩んだ

「でもね」
「不安なのは怜司だけじゃないからね」
「なんか最近の怜司」
「前より優しくなって」
「隙が増えた気がするし」
「ほかの女の人にも」
「モテてるんじゃないの?」
「浮気禁止だからね!」

「ああ」
「心配はいらない」
「俺が愛しているのは美月だけだ」

美月は

まだ赤い顔のまま

大きく咳ばらいをすると

わざと低い声で

怜司の口調を真似した

『ああ』
『心配はいらない』

「私が愛しているのは怜司だけだ」

二人はしばらく

微笑みながら見つめ合った

やがて美月は

照れ隠しをするように

明るい声を上げた

「ならよし!」
「でしょ!?」

「ならよし、だな」
「ありがとう」

美月は怜司に人差し指を向けた

「ただ~し!」
「勝手に改築するのは禁止!」
「私とお風呂に入りたいからって」
「500万円も使わないで!」

「分かった」
「怒られるだろうとは思っていた」

「だったら最初からやめなさいよ!」