不動産王子に求婚されたのでオタクにしてやりました

美月と怜司が一緒にほうれん草の種をまいてから

50日ほどが過ぎた

これまで二人は

時間を見つけては畑へ足を運んでいた

水をやり

雑草を抜き

芽が混み合ってくると

二人で間引いた

最初に間引きをした時

美月は小さな芽を見つめながら

なかなか手を出せずにいた

「せっかく芽が出たのに抜いちゃうの?」

「ああ」
「このままでは株同士が邪魔をして」
「十分に育たない」

「でもさ」
「なんか可哀想じゃない?」

「間引いたものも食べられる」

「食べるの!?」

「捨てるよりいい」

その日の夕食には

間引いたほうれん草が

味噌汁の具になっていた

そんな日々を重ねながら

二人は一緒に

ほうれん草を育ててきた

そして休日の朝

二人はいつものように畑へやってきた

身に着けていたのは

前をボタンで留めた緑色の長袖シャツに

デニムのオーバーオール

美月が選んだ

お揃いの作業着だった

畑には青々としたほうれん草が

綺麗に並んでいる

美月はその前にしゃがみ込んだ

葉をそっと持ち上げる

「うわ~」
「いい感じ!」

何度も見てきたほうれん草

それでも

今日だけは少し違って見えた

美月は嬉しそうに怜司を見る

「いよいよ収穫だね!」

「ああ」

怜司も美月の隣へしゃがみ

自然に美月の肩へ手を回した

「美月と育てた」
「初めての野菜だ」

「うん!」

そのほうれん草を

今日は自分たちの手で収穫する

美月は立ち上がった

「よ~し!」
「それじゃ」
「収穫しますか!」

畑の脇には

収穫用の道具が置かれている

美月が鎌へ手を伸ばした

だが

その手が届くより先に

怜司が鎌を取った

「あ」
「これは俺が使う」

「なんで?」

「鎌は危ない」

怜司は代わりに

園芸用のハサミを美月へ差し出した

「美月はこっちを使え」

美月は差し出されたハサミを見る

それから

少し不満そうに怜司を見た

「なんか怜司って」
「過保護すぎない?」

「そうか?」

「そうよ」

美月は怜司が持つ鎌を見る

「私も鎌使ってみたい」

「駄目だ」

「なんでよ」

「怪我したらどうする」

「怪我しないように教えてよ」

「それでも危険はある」
「指を切るかもしれない」
「あえて危険を冒す必要はない」

美月の頬が少し膨らむ

「そんなこと言ったら」
「怜司だって同じじゃん」

怜司が美月を見る

「怜司が怪我したらどうするのよ」

「俺は大丈夫だ」

「なんで怜司だけ大丈夫なのよ」

「俺は慣れている」

「私だって使ってれば慣れるもん」

「慣れるまでが危ない」

「使わせてもらえないと」
「永遠に慣れないでしょ!?」

怜司が黙る

美月が続けた

「私が怪我したら嫌なんでしょ?」

「ああ」

「私だって」
「怜司が怪我するの嫌なんだけど」

「私にだけ使わせないとか」
「納得できないわ!」

怜司の口が止まった

しばらく

二人で見つめ合う

怜司は手に持った鎌を見る

そして

ゆっくりと元の場所へ戻した

「分かった」

「え?」

怜司はもう一つのハサミを手に取る

「俺もこれを使う」

美月は目を丸くした

それから呆れたように笑う

「なによそれ」
「結局、使わせてくれないわけ?」

「二人とも安全なハサミを使う」
「これなら問題ないだろう」

「まあ」
「そうだけど」

美月は渋々ハサミを受け取った

それから気を取り直すように笑顔になった

「じゃあ一緒にやろ!」

「ああ」

二人は並んでしゃがみ

ほうれん草を根元から切っていく

「これいいね!」

「ああ」

「こっちも綺麗!」

「美月」

「なに?」

「葉を強く握らない方がいい」
「傷んでしまう」

「はいはい」
「先生、分かりました~」

「俺は先生ではない」

「ん?」

怜司は少し考えた

「最愛の恋人だ」

美月の手が止まった

「そういうの」
「急に真顔で言わないでよ……」

「美月」

「なに?」

「愛している」

美月は顔を赤くして怜司から目を逸らした

怜司は一日に2,3回はこの言葉を言ってくる

「う、うん、私も」

美月は顔を赤くしたまま収穫を続ける

その横で

怜司が小さく笑った

「怜司、笑ってるでしょ!?」

「笑っていない」

ばっと美月が怜司の顔を見た

「ほら! 笑ってるじゃん!」

「やっと俺を見たな」

そんなやり取りをしながら

二人は次々とほうれん草を収穫していった

切ったほうれん草は

大きな籠へ入れていく

そして

最後の一株を美月が切った

「終わった~!」

美月は立ち上がり

大きく背伸びをする

「ん~~!」
「すごい量だね」

二人の前には

籠から溢れそうなほど

山盛りになったほうれん草があった

美月はそれを見つめる

「これ」
「どうするの?」

「美月に食べさせる」

「え?」

美月は山盛りのほうれん草を見る

もう一度怜司を見る

「こんなに食べられるわけないでしょ!?」
「私は何日間ほうれん草生活するのよ!?」

怜司が少し笑った

「冗談だ」

「怜司が言うと」
「冗談に聞こえないんだけど」

「知人が野菜の販売所をやっている」
「余った分は」
「そこへ持って行くつもりだ」

「なんだ」
「ちゃんと考えてたんじゃん」

「ああ」

怜司は籠の中のほうれん草を見る

「ただ」

少し間を置いて

美月を見る

「その前に」
「美月と一緒に食べたい」

美月の表情が柔らかくなる

「うん」
「一緒に食べよ」

二人は籠の両側を持った

「重っ!」

「美月」
「俺が持つ」

「いいって」
「一緒に持とうよ」

怜司は少しだけ美月を見る

「ああ」

二人は

自分たちで育てたほうれん草を持って

怜司の部屋へ戻った

玄関の前へ着くと

二人で籠を床へ下ろす

美月は自分の服を見る

「うわ~」
「結構汚れたね」

緑色のシャツにも

デニムのオーバーオールにも

ところどころ土がついていた

手には土が残り

頬にも薄く土がついていた

怜司も

お揃いの作業着へ目を落とす

「そうだな」

怜司が玄関の鍵を開ける

「風呂は沸かしてある」

「え?」
「いつの間に?」

「畑へ行く前に予約しておいた」

「予約?」
「そんなことできたの?」

「できるようにした」

「用意いいね~」
「ありがとう」

二人は部屋へ入った

怜司が美月を見る

「美月」
「先にお風呂に入ってくれ」

「うん」
「じゃあ」
「先に入らせてもらうね」

美月が浴室へ向かおうとする

「美月」

「なに?」

美月が振り返る

怜司は少しだけ真剣な表情で

美月を見ていた

「キスしてもいいか?」

美月の頬が少し赤くなる

それでも

すぐに小さく笑った

「いいよ」

怜司が近づく

美月も目を閉じた

二人の唇が

ゆっくりと重なる

触れるだけでは終わらない

互いを確かめるように

長く

深く

唇を重ねた

やがて

ゆっくりと離れる

美月の顔は

少し赤く火照っていた

「なんか……」
「怜司」
「どんどんキス上手くなってない?」

「そうか?」

「うん」

美月は少し呆れたように笑う

「ほんとにキス好きだよね」

怜司が美月を見る

「美月は好きではないのか?」

「え?」

美月の頬がさらに赤くなる

「好きだよ」

「そうか」

怜司がもう一度

ゆっくりと顔を近づける

美月が少し笑った

「もう一回?」

「ああ」

「しょうがないなぁ」

そう言いながら

美月も怜司へ顔を寄せた

もう一度

二人の唇が重なる

今度は

さっきより少しだけ長かった

しばらくして

美月はようやく怜司から離れる

「もう……」
「まだ昼間だよ」
「お風呂入ってくるから」

「ああ」

美月は脱衣所へ入った

怜司の部屋で

お風呂に入るのは初めてではない

美月はすぐに違和感に気づいた

「あれ?」

浴室の扉を見る

「これ……」
「前と違うよね?」

以前は普通の折れ戸だったはずだ

今は

大きな片開きのアクリル扉になっている

美月は首を傾げる

「いつ変えたんだろ」

服を脱ぎ

浴室の扉を開けた

「え!?」

美月の動きが止まる

以前とは

まるで違う浴室が広がっていた

隣の部屋との壁が抜かれ

浴室そのものが

以前より遥かに広くなっている

そして

その中央には

大きなジャグジーが設置されていた

「なによこれ!?」