不動産王子に求婚されたのでオタクにしてやりました

次の日曜日

達也の車は

真帆の実家へ向かう田舎道を走っていた

助手席の真帆が

何度目か分からないため息を吐く

「まだ引き返せるよ」

「もうすぐなんだろ?」
「いまさらなに言ってんだよ」

「逃げた方がいいって」

「そこまで言われると」
「逆に見たくなるよな」

「何を?」

「親父さんを」

「後悔するよ」

やがて

大きな古い家が見えてきた

達也がブレーキを踏む

「……おい」

家の前に巨大な男が立っていた

太い腕

厚い胸板

日に焼けた肌

鋭い眼光

腕を組み

仁王立ちでこちらを睨んでいる

達也はしばらく無言で見つめる

「真帆さん」

「なによ」

「格闘ゲームのキャラクターみたいなのがいるぞ」

「あれがお父さんよ」

「やっぱりそうだよな……」
「ちょっとだけ」
「電話であんな口きいたこと」
「後悔してる」

「だから言ったでしょ」
「余計なことは言わないでね」
「謝って、なだめて」
「友達だって説明しましょ」

「まあ」
「悪いのは俺だからな」

真帆の実家の前に車を停める

達也が車を降りると

真帆もあとに続いた

父親は腕を組んだまま

一歩も動かない

達也はその前まで歩み寄り

45度に頭を下げた

「この前はすみませんでした!」
「真帆さんのお父さんだって知らなくて」
「失礼なことを言いました!」

父親は無言で達也を見ている

達也が顔を上げた

父親の眉が動く

「お前か!」
「電話で偉そうな口を利いた男は!」

真帆が割って入る

「だから謝ったでしょ」
「達也さんは勘違いしただけなんだよ」
「私が変な男に絡まれてると思ったの」

父親は達也を

上から下まで眺めた

「細い」
「もやしのような身体だ」

「余計なお世話だよ」

「顔も女みたいだな」

達也の眉が上がる

「喧嘩売ってる?」
「俺、結構強いぜ」

「お父さん」
「達也さんは友達なんだって」
「わざわざこんな所まで」
「謝りに来てくれたんだから」
「絡むのやめてよね」

「真帆、男同士の会話に入るな」

「はあ? なにそれ」

父親は真帆を無視して

達也を睨みつけて腕を組んだ

「真帆が欲しいなら」
「真帆を守れると」
「俺に納得させてみせろ」

いらだつように達也が睨み返す

「そういうんじゃねえって言ってんだろ」
「もう耳が遠くなるような歳なのか?」

父親の顔が険しくなる

達也が続ける

「娘の好きにさせてやれよ」
「真帆さんは大人なんだからよ」

「なんだ?」
「そのはっきりしない態度は」

「は?」

「女一人、守ると言い切れんのか!?」

「今の話、聞いてた?」

「腰抜けか? お前」
「だったら、尻尾巻いて帰れ!」

達也の目つきが変わった

「お父さんさ」
「人の話聞けねえタイプだろ」

「お前にお父さんと呼ばれる筋合いはない!」

「聞こえてんじゃねえかよ!」

父親は大きく鼻を鳴らした

そのまま

家の横へ歩いていく

「ついてこい」
「それとも」
「怖くて動けないか?」

達也の眉が上がる

「上等だ」

父親の後を追って歩き出した

慌てて真帆が達也に駈け寄る

「ちょっと……」
「達也さん?」
「マジでやめときなって」

「ここまで言われて」
「のこのこ帰れねえだろ」

「見たら分かるだろうけど」
「お父さん滅茶苦茶強いよ」
「あと、脳みそまで筋肉なの」
「酷い目に遭うよ」

「もう大体分かってるよ」
「でも真っ向からきてるだろ」
「俺だってそうしないと、嘘だろ」

「は? 嘘?」
「達也さん、なんか変な盛り上がり方してない?」
「頭冷やしなって」

「男同士の話なんだよ」
「真帆さんはすっこんでろよ」

「はあ?」
「達也さんまでなに言ってのよ」

達也は父親のあとを追った

家の裏手へ回る

そこで足を止める

「なんだこれ……」

広い庭先に

土俵が作られていた

土を盛り

俵まで埋め込まれている

明らかに

今日のために作られたものだった

その横では真帆の母親が

行司の格好で立っていた

手には軍配

横には枡に盛られた塩まである

真帆が呆れて頭を押さえた

「うそでしょ……」

達也が真帆の母親を見る

「真帆さん」
「あれ、真帆さんのお母さんだろ?」
「似てるし」

「そうよ」

「じゃあさ」
「お母さん何やってんの?」

「私が聞きたいわよ……」

母親がにこりと笑う

「準備できてるわよ~」

「お母さんまでノリノリだ……」
「まったくこの夫婦は」

父親は靴を脱ぎ

土俵へ上がった

「相撲だ!」
「俺に勝てたら」
「お前の言うことを聞いてやる」

達也が目を細める

「親父さんが勝ったら?」

「弱い男に用はない」
「尻尾まいて帰れ」

達也がにやりと笑って上着を脱いだ

上半身裸になる

細身だが引き締まった身体をしていた

「いいね」
「そこまで言われちゃ」
「やるしかねえよな」

「達也さん!?」

真帆が達也の腕をつかむ

「本当にやめときなって」
「見て分かるでしょ?」
「勝てるわけないから」

父親はシャツを脱いで

その身体を露わにした

分厚い胸板

太い腕

腹には年齢を感じさせない筋肉が浮いている

明らかに

見せかけだけの身体ではなかった

「やってみなきゃ」
「分かんねえだろ!」
「男の勝負に、口出すな!」

真帆の目元がピクリとする

「は!?」

達也は土俵へ上がる

父親と正面から向かい合った

母親が軍配を構える

「それでは~」
「はっけよーい」
「のこった!」

どんっ!

二人の身体が正面からぶつかる

「ぐっ!」

達也が歯を食いしばる

父親の身体を押す

しかし全く動かない

「嘘だろ……!」

まるで岩を押しているかのように

びくともしなかった

次の瞬間

達也の身体が宙に浮いた

「うおっ!?」

どさっ!

土俵へ背中から落とされる

母親が軍配を上げた

「勝負あり~」

父親が腕を組む

「話にならん」
「帰れ」
「真帆はやらん」

真帆が疲れたように肩を落とした

「だから言ったのに……」
「真帆はやらんって」
「誰も私なんか」
「欲しいって言ってないわよ」

達也は土俵に仰向けに倒れたまま

しばらく空を見ていた

そして起き上がる

「おいおい」

父親を睨みつけた

「一回勝負なんて」
「聞いてねえぜ」

父親の眉が動く

達也は口元を拭った

「勝てばいいんだろ?」
「負けを認めた方の負けだ」
「喧嘩ってのは」
「そういうもんだろうがよ」

父親の口元が上がる

「面白い」
「来い!」

「おう!」

二度目

また投げられる

三度目

父親の足を掴んで土俵際まで押すが

最後に押し返された

四度目

達也は肩で息をしていた

苦しそうなのに

その目だけは妙に楽しそうだった

真帆はその場にしゃがみ込み

呆れたように二人を見上げる

「達也さ~ん」
「もうやめなよ~」

真帆は何度もこのセリフを達也に投げた

「うるせえな……」

達也は立ち上がる

「俺が勝手に乗った喧嘩だ」
「途中でやめんのは」
「ダセえだろ」

真帆は目を細める

「いったいなんのために戦ってんのよ」
「ばか二人を会わせると」
「こういうことになるのね~」
「勉強になったわ」

また二人がぶつかる

何度やっても

父親の方が圧倒的に強い

それでも

達也は食い下がった

達也はまた父親に投げ飛ばされて土俵に叩きつけられる

痛みに耐えながらまた立ち上がろうとする

そんな達也を父親は見る

「お前、名前は?」

達也は立ち上がってまた構えた

「達也だよ!」

もう何度目か知れなくなった勝負で

達也は父親の動きを見る

ここぞというときはいつも

右足から強く踏み込んでくる

それに、父親に疲れが見え始めてきた

次の勝負

父親が勢いよく前へ出た

達也は真正面から受けなかった

身体をずらす

腕を引く

「なっ!?」

勢いのついた巨体が

土俵際まで進んだ

父親は慌てて土俵際で踏みとどまる

すぐに達也は肩から体ごとぶつかった

父親を巻き込んで一緒に土俵から落ちる

静寂

母親が軍配を上げた

「勝負あり~」

その軍配を達也に向けて指す

「勝者~、達也~の山~」

「っしゃあ!」

達也は大空に向けて叫んだあと

その場へ座り込んだ

「はぁ……」
「はぁ……」

父親は

土俵の外に尻もちをついたまま

土俵との境目を見る

そして

突然、豪快に笑った

「ははははは!」
「気に入った!」

父親が達也の肩を思い切り叩く

「今日は泊まっていけ!」

「いてっ!」
「親父さん!」
「そこ痛えって!」
「あんたに投げられて痛めてんだよ!」
「ってか、力加減おかしいだろ!?」

「その程度で痛がるな!」

「誰のせいだよ!?」
「普通、痛いだろ!」

真帆はしゃがみこんで呆れ果てた顔で二人を見ている

「なんでちょっと仲良くなってんのよ……」
「あ~~~、やだっ」
「バカが一人増えたみたいで」
「ほんっっっとに、やだっ!」