やがて
広い畑が見えてくる
その奥に
大きな古い家が建っていた
隣には納屋
さらに奥には牛舎もある
美月が目を丸くする
「でかっ!」
「普通だよ」
「普通じゃないでしょ」
「田舎なんだから……普通だって」
庭へ入った時だった
玄関が開いた
「真帆!」
野太い声が響く
出てきた男を見て
美月の足が止まった
大きい
とにかく大きい
太い腕
広い肩
日に焼けた肌
そして
真帆そっくりな鋭い目つき
男は真帆を見るなり
顔をほころばせた
「おかえり!」
「今日は少し遅いから心配したぞ」
「ただいま」
美月が瞬きをする
この人……
真帆のお父さん?
父親の視線が
美月へ向いた
その鋭い目がさらに見開かれる
「真帆!」
「なに?」
「友達か!?」
「うん」
父親がもの凄い勢いで頭を下げた
予想外の動きに美月がびくりとする
「初めまして!」
「真帆の父です!」
「は、初めまして」
真帆がため息をついた
「お父さん、こんな見た目だから」
「誤解されないように大げさに腰が低いのよ」
「悪気はないから、気にしないで」
「そ、そうなんだ」
「真帆の友達の、相沢美月です」
「急にお邪魔してごめんなさい」
「美月ちゃん!」
「は、はい!?」
「よく来てくれた!」
真帆の父は
響き渡るような大声で喜んだ
「真帆が友達を家に連れてくるなんて!」
「初めてなんじゃないか!?」
「お父さん」
「声でかい」
「今日、美月泊めてもいい?」
「多分明日も」
「母さん!」
「真帆が友達を連れてきたぞ!」
「しかも泊まりでだ!」
「聞こえてるわよ~」
家の奥から
女性が出てきた
真帆とよく似た
明るい茶色の長い髪
すらりとした体型
白い肌
日本人離れした整った顔立ち
女性は柔らかく笑った
「初めまして~」
「真帆の母で~す」
少しだけ
外国語の響きが残る日本語だった
美月が頭を下げる
「初めまして」
「相沢美月です」
「美月ちゃんね」
「真帆からよく聞いているわよ~」
「え?」
美月が真帆を見る
真帆は顔を逸らした
「うるさいな……」
「私、なにも言ってないよ」
「顔が煩い」
母親が笑う
「いっぱい聞いてるわよ~」
「お母さん!」
美月の顔が明るくなる
「私も真帆のこと」
「ママにいっぱい話してます!」
「なんでそこを張り合うのよ!?」
父親は腕を組んだ
そして
何かを決意したように頷く
「よし!」
「牛を一頭しめるか」
真帆が即座に叫んだ
「やめて!」
「普通のご飯でいいから!」
「だいたい」
「すぐに食べられないでしょ!?」
美月が首を傾げる
「牛をしめる?」
「美月が来てくれたお祝いに」
「牛を一頭殺して食べようってパパは言ってるの」
「なにその世界観!? 怖!」
父親は少し残念そうに
牛舎の方を見た
「そうか……」
それから
今度は庭の奥へ目を向ける
そこには広い畑と小さな鶏小屋があった
「じゃあ」
「春キャベツでも採ってくるか」
「急に平和になったわね……」
父親はそう言って
畑の方へ歩いていった
その日の夕食は
山盛りの鶏の唐揚げ
柔らかな春キャベツと
新玉ねぎのサラダ
新じゃがの煮っころがし
スナップエンドウの胡麻和え
採れたばかりの青菜が入った味噌汁
そして大きな器に盛られた
自家製の冷奴
美月は食卓を見回して目を輝かせた
「すごっ!」
「旅館みたい!」
「ほとんどうちで採れたものよ~」
真帆の母親が笑う
「すごい、すごい!」
「ありがとうございます!」
父親が胸を張る
「さあ、遠慮せず食べなさい!」
「どれも美味いぞ!」
美月が唐揚げに箸を伸ばす
一口食べた瞬間
目を見開いた
「ん~~!」
「おいしい!」
「お肉に弾力があって」
「いつも食べてるのと全然違う!」
父親の顔が輝いた
「そうか!」
「どんどん食べなさい!」
「若鶏だからな!」
真帆の箸が止まった
「……お父さん」
「なんだ?」
「まさか……」
「まだ、卵も産んでないあの子じゃないよね?」
父親は黙ってご飯を食べた
「お父さん?」
「真帆」
「美月ちゃんが喜んでるんだ」
「細かいことはいいじゃないか」
「お父さん」
「美月の前だからって張り切りすぎ」
「なんかキモイ」
「何を言う!」
「真帆の大事な友達だぞ!」
「張り切ってなにがわるい!?」
「それがキモイ」
美月の箸が止まった
大事な友達……
美月はしばらく父親の顔を見つめる
そして
何かを思いついたように
にやりと笑う
美月は箸を置いた
正座して真帆の父親へ身体を向ける
「真帆のお父さん!」
「聞いてください」
「どうしたんだ?」
「真帆が最近ひどいんです!」
「美月!?」
父親の目がさらに鋭くなる
「何をした」
「違うから!」
美月は勢いよく続けた
「彼氏ができたとか言って」
「そっちばっかり優先して」
「私のこと粗末に扱うんです!」
「か、か……」
「彼氏!?」
父親が立ち上がった
「お父さん、違うから!」
「座って!」
父親が腕を組んで真帆を追い詰める
「彼氏とは誰だ!?」
「お父さんには関係ない!」
「ある!」
「ない!」
「どこの馬の骨だ!」
「その台詞、ほんとに言う人いるんだ」
「俺より弱い奴に真帆はやらん」
「ここに連れてこい!」
「どこの戦闘民族よ!?」
真帆の母親は
頬に手を当てながら
真帆を見ていた
その目が
少しだけ細くなる
「真帆」
「本当に彼氏いるの~?」
「い……いる……かも」
母親は小さく笑った
「な~んだ」
父親は腕を組んだまま
真帆を睨んでいる
「連れてこい!」
「今すぐここに呼べ!」
「嫌だよ!」
「俺が見極める!」
「絶対嫌!」
「真帆を守れないような男なら――」
父の言葉を遮るように真帆は叫んだ
「だから!」
真帆は顔を真っ赤にした
「もう別れた!」
美月が瞬きをした
父親も止まる
「……別れた?」
真帆は勢いのまま続けた
「付き合ったけど!」
「すぐ別れたの!」
「だからもういない!」
数秒
静かになった
その中で
美月だけが
ぱっと顔を明るくした
「な~んだ!」
嬉しそうに真帆を見る
「別れちゃったなら良かったわ~」
そんな美月を真帆が見つめる
「あれ?」
「美月って私が失恋したような話を喜んでない?」
「だって」
「これでまた一緒にいられるじゃん」
「束縛する男なんかくだらないわよ」
「そういう問題!?」
美月は上機嫌で箸を持つ
「安心したらお腹が空いたわ~」
「だいたいさ」
「真帆って私と付き合い始めたばかりなのに」
「他に誰か作るなんて、ほぼ浮気よね」
「私、浮気は許さないの」
「美月が言ってること」
「さっきからちょくちょく意味分かんないんだけど」
父親は話についていくのを諦めたように
腕を組んだまま座り直した
真帆の母親は
そんな二人を見ながら
何も言わず笑っていた
夕食を終えてテレビの前でくつろいでいる二人に
真帆の母親が声を掛けた
「お風呂わいたよ、入りなさい」
「はーい」
「美月、先に入りなよ」
「え?」
「一緒に入ろうよ」
「なんでよ……」
「仲良くなれそうじゃん」
「アニメでもよく見るし」
「いいけどさ……」
「一応、確認しておきたいんだけど」
「ん?」
「美月って」
「そっちの気はないよね?」
「そっち?」
「なんでもない……」
二人は一緒にお風呂に入る
広い浴室に
大きめの五右衛門風呂があった
湯気の立つ浴室で
美月は小さな椅子へ座っている
その後ろで
真帆がタオルを泡立てた
「背中洗うよ」
「お願いしま~す」
「お客さんだもんね」
「おもてなしされに来たので~」
「勝手に来たくせに」
真帆が美月の背中を洗う
しばらく
水の音だけが続いた
すると、真帆が口を開いた
「ねえ」
「なに?」
「私にかまってもらえないから」
「寂しかったの?」
美月は少し考えた
「まあね」
「認めるんだ」
「だって」
美月は膝を抱える
「本音で話せる友達なんて」
「真帆しかいないもん」
真帆の手が止まった
「学校じゃ」
「今までみたいに普通にしてればいいけど」
「ずっとそれだけって寂しいよ」
美月は少し笑う
「真帆といる時くらい」
「好きなこと話して」
「好きに笑いたいのよ」
「前は平気だったのに」
「真帆のせいでそうなっちゃったんだから」
「責任とってよね!」
真帆は美月の背中を見つめた
胸の奥が
じんわりと温かくなる
「私もそうだよ」
「ん?」
「私も」
「美月といる時が一番楽しい」
「前は平気だったのに」
「今は一人が寂しい」
真帆の声が震えた気がした
美月が振り返ろうとする
真帆はすぐに美月の両肩をつかみ
その身体を前へ戻した
「洗いづらいから」
「前向いてて」
真帆は再び
美月の背中を洗い始めた
震えた声が背中から聞こえる
「美月」
「なに?」
「そうなったのが私で」
「ごめんね」
「え?」
美月が首だけ少し動かす
「なんで謝るの?」
真帆は一瞬黙った
「なんでもない」
「変なの」
「うん、変だね」
真帆は小さく笑う
もう……
やめよう……
勝手に美月のためだって決めつけて
勝手に離れるのは……だめだよ
美月が私を選んでくれるなら
私は……
その隣にいよう
もう、勝手に離れたりしない
「はい」
「終わり」
「ありがと」
「次、私ね、洗って~」
「えー……」
「なんで嫌そうなのよ」
「真帆、背中広そう」
「どういう意味!?」
二人の笑い声が
浴室に響いた
その夜
真帆の部屋には
二組の布団が並べられていた
美月はパジャマ姿で
布団の上に寝転がる
「つかれた~」
「まだ寝るには早いよ」
「明日にしようよ~」
「ちょっとくらい付き合ってよ」
真帆は自分の本棚の前に立った
その顔が
急に生き生きとする
美月がゆっくり身体を起こす
嫌な予感……
真帆が振り返る
その腕には
大量の本が抱えられていた
美月の目が見開かれる
「待って」
真帆がにやりと笑う
「待ちなさい!」
真帆は本を布団の上へ並べていく
「夜は長いのよ」
「やめなさい!」
「新しい扉を開けましょう」
「私は今の扉で満足してるの!」
真帆が一冊持ち上げる
「ほら!」
「美月が好きな王子さま同士の」
「真実の愛が」
「ここにあるのよ!」
美月はじりじりと後ろへ下がった
ついには
部屋の隅まで追い詰められる
「真帆」
「なに?」
「まず、その本を置きなさい」
「嫌」
「話し合いましょう」
「読むだけよ」
「あなたヤバイ目してるわよ!?」
「話し合う気ゼロじゃない!」
真帆が一歩近づく
美月が立ち上がった
「来ないで!」
「一冊だけ!」
「嫌!」
「絶対面白いから」
「美月には才能があるわ」
「私になにを見出してるのよ!?」
「私は今のままがいいの!」
美月が扉へ走る
「待って!」
勢いよく部屋を飛び出した
「逃げるなー!」
真帆も追いかける
廊下を走り
階段を下りる
美月が玄関へ向かう
「美月!」
「外まで行く気!?」
「あんたが追いかけてくるからでしょ!」
「友達なら一冊くらい読んでよ!」
「友達なら、私の王子様を汚さないで!」
美月は玄関を飛び出した
広い庭へ走っていく
「待ちなさーい!」
「嫌よーーー!」
真帆も裸足のまま庭へ飛び出した
月明かりの下
二人は家の周りを走る
「美月!」
「来ないで!」
「真実の愛よ!」
「その真実は真帆だけで受け止めて!」
「世界を広げようよ!」
「今の世界で十分広いの!」
縁側では
真帆の父親と母親が
並んでその様子を見ていた
父親が腕を組む
「あんなに楽しそうな真帆」
「初めて見たな」
母親が笑った
そして庭を走り回る娘を見つめる
「そうね」
「いい友達ができたな」
そう言うと
父親は縁側から下りて靴を履いた
「どこいくの?」
「美月ちゃんには最高のおもてなしをしないとな」
そう言って父親は歩いていった
「追いかけてこないでーーー!」
真帆が笑いながら追う
「逃がさないわよーーー!」
二人の声は
しばらく
広い庭に響き続けていた
次の日
朝食から
分厚いサーロインステーキが食卓に並んだ
* * *
ぱちっ
薪がはぜる
話を終えた真帆は
焚き火から目を上げた
夜のキャンプスペース
向かいでは
達也が丸太の長椅子で眠っている
「――っていうのが」
「私と美月が」
「友達になった頃の話」
達也から返事はない
寝息を立てている
「せっかく教えてあげたのに」
缶に残っていた酒を
一口飲む
真帆は背筋を伸ばして顔を上げた
「私……」
「美月と友達になれて良かった」
「大切にしてくれる人と」
「ちゃんと幸せになってほしい」
真帆は肩をすくめる
「ところで……怜司さん」
「盗み聞きとか」
「いやらしいことするんだね」
真帆がコテージの方へ目を向ける
そこには
怜司が立っていた
声を掛けられた怜司は
こちらへ歩いてくる
「そんなつもりはない」
「俺に話してくれているのかと思っていた」
「達也を迎えにきた」
怜司は達也を背負うと
自分たちのコテージへ向かって歩き出した
「あのさ、怜司さん」
怜司は足を止めて振り返る
「なんだ?」
「美月はさ」
「お母さんが亡くなってから」
「ずっと一人で」
「頑張ってきたんだよ」
怜司は黙って真帆を見る
「平気な顔して」
「大丈夫だって言ってさ」
「でも」
「あんたたちが現れてから」
「もう一人で頑張らなくていいって」
「気づいちゃったんじゃないかな」
真帆は小さく息を吐く
「私だけじゃ」
「足りないのよ」
小さな間があった
「美月のこと」
「ちゃんと捕まえてあげてよ」
「そろそろ」
「見てらんないよ」
「それは」
「美月が決めることだ」
真帆が横目で怜司を見る
「それ」
「冷たく聞こえるよ」
「すまない」
「だが俺は」
「もう美月から逃げない」
「美月が望むなら」
「死ぬまで傍にいる」
「それなら、約束できる」
「約束、出来たんだ」
怜司は達也を連れて
コテージへ入っていった
残された真帆は大きなため息を吐いた
また新しい缶を開け
一口飲む
「私が男だったらな~」
「あんたたちなんかに出番は渡さないのに」
夜のキャンプ場に
薪のはぜる音が
小さく響いていた
広い畑が見えてくる
その奥に
大きな古い家が建っていた
隣には納屋
さらに奥には牛舎もある
美月が目を丸くする
「でかっ!」
「普通だよ」
「普通じゃないでしょ」
「田舎なんだから……普通だって」
庭へ入った時だった
玄関が開いた
「真帆!」
野太い声が響く
出てきた男を見て
美月の足が止まった
大きい
とにかく大きい
太い腕
広い肩
日に焼けた肌
そして
真帆そっくりな鋭い目つき
男は真帆を見るなり
顔をほころばせた
「おかえり!」
「今日は少し遅いから心配したぞ」
「ただいま」
美月が瞬きをする
この人……
真帆のお父さん?
父親の視線が
美月へ向いた
その鋭い目がさらに見開かれる
「真帆!」
「なに?」
「友達か!?」
「うん」
父親がもの凄い勢いで頭を下げた
予想外の動きに美月がびくりとする
「初めまして!」
「真帆の父です!」
「は、初めまして」
真帆がため息をついた
「お父さん、こんな見た目だから」
「誤解されないように大げさに腰が低いのよ」
「悪気はないから、気にしないで」
「そ、そうなんだ」
「真帆の友達の、相沢美月です」
「急にお邪魔してごめんなさい」
「美月ちゃん!」
「は、はい!?」
「よく来てくれた!」
真帆の父は
響き渡るような大声で喜んだ
「真帆が友達を家に連れてくるなんて!」
「初めてなんじゃないか!?」
「お父さん」
「声でかい」
「今日、美月泊めてもいい?」
「多分明日も」
「母さん!」
「真帆が友達を連れてきたぞ!」
「しかも泊まりでだ!」
「聞こえてるわよ~」
家の奥から
女性が出てきた
真帆とよく似た
明るい茶色の長い髪
すらりとした体型
白い肌
日本人離れした整った顔立ち
女性は柔らかく笑った
「初めまして~」
「真帆の母で~す」
少しだけ
外国語の響きが残る日本語だった
美月が頭を下げる
「初めまして」
「相沢美月です」
「美月ちゃんね」
「真帆からよく聞いているわよ~」
「え?」
美月が真帆を見る
真帆は顔を逸らした
「うるさいな……」
「私、なにも言ってないよ」
「顔が煩い」
母親が笑う
「いっぱい聞いてるわよ~」
「お母さん!」
美月の顔が明るくなる
「私も真帆のこと」
「ママにいっぱい話してます!」
「なんでそこを張り合うのよ!?」
父親は腕を組んだ
そして
何かを決意したように頷く
「よし!」
「牛を一頭しめるか」
真帆が即座に叫んだ
「やめて!」
「普通のご飯でいいから!」
「だいたい」
「すぐに食べられないでしょ!?」
美月が首を傾げる
「牛をしめる?」
「美月が来てくれたお祝いに」
「牛を一頭殺して食べようってパパは言ってるの」
「なにその世界観!? 怖!」
父親は少し残念そうに
牛舎の方を見た
「そうか……」
それから
今度は庭の奥へ目を向ける
そこには広い畑と小さな鶏小屋があった
「じゃあ」
「春キャベツでも採ってくるか」
「急に平和になったわね……」
父親はそう言って
畑の方へ歩いていった
その日の夕食は
山盛りの鶏の唐揚げ
柔らかな春キャベツと
新玉ねぎのサラダ
新じゃがの煮っころがし
スナップエンドウの胡麻和え
採れたばかりの青菜が入った味噌汁
そして大きな器に盛られた
自家製の冷奴
美月は食卓を見回して目を輝かせた
「すごっ!」
「旅館みたい!」
「ほとんどうちで採れたものよ~」
真帆の母親が笑う
「すごい、すごい!」
「ありがとうございます!」
父親が胸を張る
「さあ、遠慮せず食べなさい!」
「どれも美味いぞ!」
美月が唐揚げに箸を伸ばす
一口食べた瞬間
目を見開いた
「ん~~!」
「おいしい!」
「お肉に弾力があって」
「いつも食べてるのと全然違う!」
父親の顔が輝いた
「そうか!」
「どんどん食べなさい!」
「若鶏だからな!」
真帆の箸が止まった
「……お父さん」
「なんだ?」
「まさか……」
「まだ、卵も産んでないあの子じゃないよね?」
父親は黙ってご飯を食べた
「お父さん?」
「真帆」
「美月ちゃんが喜んでるんだ」
「細かいことはいいじゃないか」
「お父さん」
「美月の前だからって張り切りすぎ」
「なんかキモイ」
「何を言う!」
「真帆の大事な友達だぞ!」
「張り切ってなにがわるい!?」
「それがキモイ」
美月の箸が止まった
大事な友達……
美月はしばらく父親の顔を見つめる
そして
何かを思いついたように
にやりと笑う
美月は箸を置いた
正座して真帆の父親へ身体を向ける
「真帆のお父さん!」
「聞いてください」
「どうしたんだ?」
「真帆が最近ひどいんです!」
「美月!?」
父親の目がさらに鋭くなる
「何をした」
「違うから!」
美月は勢いよく続けた
「彼氏ができたとか言って」
「そっちばっかり優先して」
「私のこと粗末に扱うんです!」
「か、か……」
「彼氏!?」
父親が立ち上がった
「お父さん、違うから!」
「座って!」
父親が腕を組んで真帆を追い詰める
「彼氏とは誰だ!?」
「お父さんには関係ない!」
「ある!」
「ない!」
「どこの馬の骨だ!」
「その台詞、ほんとに言う人いるんだ」
「俺より弱い奴に真帆はやらん」
「ここに連れてこい!」
「どこの戦闘民族よ!?」
真帆の母親は
頬に手を当てながら
真帆を見ていた
その目が
少しだけ細くなる
「真帆」
「本当に彼氏いるの~?」
「い……いる……かも」
母親は小さく笑った
「な~んだ」
父親は腕を組んだまま
真帆を睨んでいる
「連れてこい!」
「今すぐここに呼べ!」
「嫌だよ!」
「俺が見極める!」
「絶対嫌!」
「真帆を守れないような男なら――」
父の言葉を遮るように真帆は叫んだ
「だから!」
真帆は顔を真っ赤にした
「もう別れた!」
美月が瞬きをした
父親も止まる
「……別れた?」
真帆は勢いのまま続けた
「付き合ったけど!」
「すぐ別れたの!」
「だからもういない!」
数秒
静かになった
その中で
美月だけが
ぱっと顔を明るくした
「な~んだ!」
嬉しそうに真帆を見る
「別れちゃったなら良かったわ~」
そんな美月を真帆が見つめる
「あれ?」
「美月って私が失恋したような話を喜んでない?」
「だって」
「これでまた一緒にいられるじゃん」
「束縛する男なんかくだらないわよ」
「そういう問題!?」
美月は上機嫌で箸を持つ
「安心したらお腹が空いたわ~」
「だいたいさ」
「真帆って私と付き合い始めたばかりなのに」
「他に誰か作るなんて、ほぼ浮気よね」
「私、浮気は許さないの」
「美月が言ってること」
「さっきからちょくちょく意味分かんないんだけど」
父親は話についていくのを諦めたように
腕を組んだまま座り直した
真帆の母親は
そんな二人を見ながら
何も言わず笑っていた
夕食を終えてテレビの前でくつろいでいる二人に
真帆の母親が声を掛けた
「お風呂わいたよ、入りなさい」
「はーい」
「美月、先に入りなよ」
「え?」
「一緒に入ろうよ」
「なんでよ……」
「仲良くなれそうじゃん」
「アニメでもよく見るし」
「いいけどさ……」
「一応、確認しておきたいんだけど」
「ん?」
「美月って」
「そっちの気はないよね?」
「そっち?」
「なんでもない……」
二人は一緒にお風呂に入る
広い浴室に
大きめの五右衛門風呂があった
湯気の立つ浴室で
美月は小さな椅子へ座っている
その後ろで
真帆がタオルを泡立てた
「背中洗うよ」
「お願いしま~す」
「お客さんだもんね」
「おもてなしされに来たので~」
「勝手に来たくせに」
真帆が美月の背中を洗う
しばらく
水の音だけが続いた
すると、真帆が口を開いた
「ねえ」
「なに?」
「私にかまってもらえないから」
「寂しかったの?」
美月は少し考えた
「まあね」
「認めるんだ」
「だって」
美月は膝を抱える
「本音で話せる友達なんて」
「真帆しかいないもん」
真帆の手が止まった
「学校じゃ」
「今までみたいに普通にしてればいいけど」
「ずっとそれだけって寂しいよ」
美月は少し笑う
「真帆といる時くらい」
「好きなこと話して」
「好きに笑いたいのよ」
「前は平気だったのに」
「真帆のせいでそうなっちゃったんだから」
「責任とってよね!」
真帆は美月の背中を見つめた
胸の奥が
じんわりと温かくなる
「私もそうだよ」
「ん?」
「私も」
「美月といる時が一番楽しい」
「前は平気だったのに」
「今は一人が寂しい」
真帆の声が震えた気がした
美月が振り返ろうとする
真帆はすぐに美月の両肩をつかみ
その身体を前へ戻した
「洗いづらいから」
「前向いてて」
真帆は再び
美月の背中を洗い始めた
震えた声が背中から聞こえる
「美月」
「なに?」
「そうなったのが私で」
「ごめんね」
「え?」
美月が首だけ少し動かす
「なんで謝るの?」
真帆は一瞬黙った
「なんでもない」
「変なの」
「うん、変だね」
真帆は小さく笑う
もう……
やめよう……
勝手に美月のためだって決めつけて
勝手に離れるのは……だめだよ
美月が私を選んでくれるなら
私は……
その隣にいよう
もう、勝手に離れたりしない
「はい」
「終わり」
「ありがと」
「次、私ね、洗って~」
「えー……」
「なんで嫌そうなのよ」
「真帆、背中広そう」
「どういう意味!?」
二人の笑い声が
浴室に響いた
その夜
真帆の部屋には
二組の布団が並べられていた
美月はパジャマ姿で
布団の上に寝転がる
「つかれた~」
「まだ寝るには早いよ」
「明日にしようよ~」
「ちょっとくらい付き合ってよ」
真帆は自分の本棚の前に立った
その顔が
急に生き生きとする
美月がゆっくり身体を起こす
嫌な予感……
真帆が振り返る
その腕には
大量の本が抱えられていた
美月の目が見開かれる
「待って」
真帆がにやりと笑う
「待ちなさい!」
真帆は本を布団の上へ並べていく
「夜は長いのよ」
「やめなさい!」
「新しい扉を開けましょう」
「私は今の扉で満足してるの!」
真帆が一冊持ち上げる
「ほら!」
「美月が好きな王子さま同士の」
「真実の愛が」
「ここにあるのよ!」
美月はじりじりと後ろへ下がった
ついには
部屋の隅まで追い詰められる
「真帆」
「なに?」
「まず、その本を置きなさい」
「嫌」
「話し合いましょう」
「読むだけよ」
「あなたヤバイ目してるわよ!?」
「話し合う気ゼロじゃない!」
真帆が一歩近づく
美月が立ち上がった
「来ないで!」
「一冊だけ!」
「嫌!」
「絶対面白いから」
「美月には才能があるわ」
「私になにを見出してるのよ!?」
「私は今のままがいいの!」
美月が扉へ走る
「待って!」
勢いよく部屋を飛び出した
「逃げるなー!」
真帆も追いかける
廊下を走り
階段を下りる
美月が玄関へ向かう
「美月!」
「外まで行く気!?」
「あんたが追いかけてくるからでしょ!」
「友達なら一冊くらい読んでよ!」
「友達なら、私の王子様を汚さないで!」
美月は玄関を飛び出した
広い庭へ走っていく
「待ちなさーい!」
「嫌よーーー!」
真帆も裸足のまま庭へ飛び出した
月明かりの下
二人は家の周りを走る
「美月!」
「来ないで!」
「真実の愛よ!」
「その真実は真帆だけで受け止めて!」
「世界を広げようよ!」
「今の世界で十分広いの!」
縁側では
真帆の父親と母親が
並んでその様子を見ていた
父親が腕を組む
「あんなに楽しそうな真帆」
「初めて見たな」
母親が笑った
そして庭を走り回る娘を見つめる
「そうね」
「いい友達ができたな」
そう言うと
父親は縁側から下りて靴を履いた
「どこいくの?」
「美月ちゃんには最高のおもてなしをしないとな」
そう言って父親は歩いていった
「追いかけてこないでーーー!」
真帆が笑いながら追う
「逃がさないわよーーー!」
二人の声は
しばらく
広い庭に響き続けていた
次の日
朝食から
分厚いサーロインステーキが食卓に並んだ
* * *
ぱちっ
薪がはぜる
話を終えた真帆は
焚き火から目を上げた
夜のキャンプスペース
向かいでは
達也が丸太の長椅子で眠っている
「――っていうのが」
「私と美月が」
「友達になった頃の話」
達也から返事はない
寝息を立てている
「せっかく教えてあげたのに」
缶に残っていた酒を
一口飲む
真帆は背筋を伸ばして顔を上げた
「私……」
「美月と友達になれて良かった」
「大切にしてくれる人と」
「ちゃんと幸せになってほしい」
真帆は肩をすくめる
「ところで……怜司さん」
「盗み聞きとか」
「いやらしいことするんだね」
真帆がコテージの方へ目を向ける
そこには
怜司が立っていた
声を掛けられた怜司は
こちらへ歩いてくる
「そんなつもりはない」
「俺に話してくれているのかと思っていた」
「達也を迎えにきた」
怜司は達也を背負うと
自分たちのコテージへ向かって歩き出した
「あのさ、怜司さん」
怜司は足を止めて振り返る
「なんだ?」
「美月はさ」
「お母さんが亡くなってから」
「ずっと一人で」
「頑張ってきたんだよ」
怜司は黙って真帆を見る
「平気な顔して」
「大丈夫だって言ってさ」
「でも」
「あんたたちが現れてから」
「もう一人で頑張らなくていいって」
「気づいちゃったんじゃないかな」
真帆は小さく息を吐く
「私だけじゃ」
「足りないのよ」
小さな間があった
「美月のこと」
「ちゃんと捕まえてあげてよ」
「そろそろ」
「見てらんないよ」
「それは」
「美月が決めることだ」
真帆が横目で怜司を見る
「それ」
「冷たく聞こえるよ」
「すまない」
「だが俺は」
「もう美月から逃げない」
「美月が望むなら」
「死ぬまで傍にいる」
「それなら、約束できる」
「約束、出来たんだ」
怜司は達也を連れて
コテージへ入っていった
残された真帆は大きなため息を吐いた
また新しい缶を開け
一口飲む
「私が男だったらな~」
「あんたたちなんかに出番は渡さないのに」
夜のキャンプ場に
薪のはぜる音が
小さく響いていた
