不動産王子に求婚されたのでオタクにしてやりました

そして

即売会当日

「重い……」

美月は会場の出口へ向かっていた

背中には

母から渡された巨大なリュック

中には頼まれた本と

自分で買った本がぎっしり詰まっている

歩くたびに

ずしりと肩へ重さが掛かった

「絶対買いすぎでしょ……」

母の教えを美月は思い出す

『体力のないオタクなんか駄目よ』

「帰ったら文句言ってやる」

美月が入口付近まで来た時だった

正面から

一人の女の子が歩いてきた

大きなサイドバッグを肩に掛け

こちらもかなり重そうにしている

美月の足が止まった

向こうも止まる

見覚えのある茶色い髪

鋭い目つき

「佐伯……さん?」

「相沢……さん?」

二人は見つめ合う

数秒間

動かなかった

そして

次の瞬間

真帆が凄い勢いで走り出した

「え!?」

美月が目を見開く

真帆は大きなサイドバッグを抱えたまま

人混みを走り抜けていく

なんで!?

なんで、相沢さんがここにいるのよ!?

真帆は必死に走って逃げる

その後ろから

足音が近づいてきた

どたどたどたどた

真帆が恐る恐る振り返る

「嘘でしょ!?」

大きなリュックを背負った美月が

走って追いかけてきていた

真帆がさらに駆け出して声を張り上げた

「なんで追いかけてくるのよ!?」

「佐伯さんが逃げるからでしょ!」

「私は別人よ!」
「人違いよ!」
「追いかけてこないで!」

「そんなわけないでしょ!」
「毎日、隣に座ってるのよ!」

「別人なの!」
「今日だけ別人なの!」

「意味分かんない!」
「いいから、逃げないでよ!」

「嫌よ!」

真帆はさらに速度を上げる

しかし

背中に大量の本を背負った美月も

しつこく追ってくる

逃げる真帆の背中に向けて美月が叫んだ

「私も!」
「同じなんだから!」

その言葉に

真帆の足が止まった

「……え?」

勢い余った美月が

真帆の少し先まで走る

慌てて立ち止まり

膝に両手を置いた

「はぁ……」
「はぁ……」
「重い……」

真帆が美月を見る

「同じって……」
「言った?」

美月は息を整えながら

顔を上げた

「同じよ」
「佐伯さんも」
「好きなんでしょ?」

真帆の目が少し大きくなる

「う、うん……」

「それじゃ」
「相沢さんも?」

「うん!」

美月が笑った

学校で見せている

整った笑顔とは違う

目を輝かせた

本当に嬉しそうな笑顔だった

真帆は目を見開いた

相沢さん……こんな顔で笑うんだ……

「趣味を共有できる人なんて」
「貴重だと思わない?」

真帆は何度も頷いた

「うん!」
「思う!」
「思うよ!」

それから二人は

会場近くのベンチに座った

話し始めてみると

共通して見ているアニメがいくつもあった

「あれ見てる!?」

「見てる見てる!」
「3話が最高だったよね!」

「分かる!」
「私、あそこで泣いたもん!」

「私も!」

一つ話せば

次の話題が出てくる

その話が終われば

また別の作品へ移る

気づけば

ついさっきまで逃げ回っていたのが嘘のように

二人は笑い合っていた

美月が真帆を見る

「佐伯さんって」
「こんなに話しやすい人だったんだ」

「相沢さんも」

真帆が笑う

「別人みたい」
「学校では猫かぶってたんだね~」

「まあね」
「佐伯さんも人のこと言えなくない?」

美月は身体を大きく伸ばす

「私さ、外でまでオタクっぽいのは嫌なのよ」
「ちゃんと女の子したいの」
「学校の私は」
「学校用ってこと」

「へえ」
「じゃあその大きなリュックは?」
「女の子がそんなの背負ってていいの?」

「これは例外」
「ママ御用達の装備品なのよ」
「これを装備しないと」
「クエスト達成できないわけ」

真帆が笑った

「すごい量だね」
「重くないの?」

「オタクには容量と体力が必要なのよ」

美月も笑う

「佐伯さんってさ」
「なんで学校ではあんなにピリピリしてるの?」

真帆の笑顔が少し止まった

「別に……」
「私は普通にしてるだけ」
「昔から勝手に怖がられるからさ」
「面倒になった……みたいな」

「ふ~ん」

真帆は黙って俯いた

美月はそれ以上聞かなかった

それから

口を開いた

「真帆」
「って、呼んでもいい?」

「え?」

「真帆って呼びたいんだけど」

真帆が目を丸くする

そして

すぐに嬉しそうに笑った

「うん!」
「それじゃ」
「私は美月って呼んでもいい?」

「いいよ~」

美月も笑った

「ねえ、真帆」

「ん?」

「私たち」

美月は少し照れたように笑う

「友達に……ならない?」

真帆は一瞬だけ

美月を見つめた

それから大きく頷いた

「うん!」
「友達だね!」

二人は顔を見合わせて笑った

その時

美月の視線が

真帆の大きなサイドバッグへ向いた

「そういえば」
「真帆は今日」
「どんな戦利品を入手してきたの?」
「ちょっと見せてよ~」

「あ……」

真帆の動きが止まる

「なに?」

「いや……」

真帆はサイドバッグを見て

少しだけもじもじする

そして

美月へ目だけを向けた

「美月だったら」
「見せてもいいかな」
「友達だし、仲間だし」

美月が楽しそうに身を乗り出す

「え、なになに?」
「なんなの?」
「早く見せてよ」

真帆がサイドバッグの中へ手を入れる

一冊取り出した

美月が表紙を見る

男と男

「……え?」

もう一冊

また男と男

しかも、もう一人男

「実は私」
「BL専門みたいなところがあって」
「美月も同じなんでしょ!?」

「いや……」

さらに一冊

美月の視線が

表紙の端で止まった

18禁

「……え?」

慌てて別の本を見る

18禁

その隣も

18禁

美月はゆっくり真帆を見る

「真帆……」

「ん?」

「誕生日いつ?」

「8月3日」

「私たちまだ15歳だよ!?」
「なんでエロ本買えてるのよ!?」

「エロじゃないわよ!」
「芸術よ!」
「審美眼を持たない愚物が作った不当な規制よ!」

美月の頭に母の言葉が蘇った

『やばい人を見たら、走って逃げなさい』

美月は立ち上がった

「ごめんなさい!」
「勘違いでした!」

そして全力で走って逃げだした

「ちょっと!」

真帆も慌てて立ち上がる

「待ちなさいよ!」

美月は巨大なリュックを揺らしながら走る

背後から

足音が近づいてくる

真帆が叫ぶ

「話が違うじゃない!」
「逃げるとかひどくない!?」

美月も走りながら叫ぶ

「ママから!」
「やばい人を見たら!」
「走って逃げろって言われてるのよ!」

「やばくないわよ!」

真帆が追う

「真実の愛の形よ!」
「美月は知らないだけなの!」
「私が教えてあげる!」

「遠慮します!」
「私は別の真実があるから大丈夫です!」
「真帆は真帆なりに楽しく生きて!」

「友達だって言ったじゃない!」

「今!」
「撤回を検討してるのよ!」

「ひどい!」
「一回だけ読んで!」
「絶対世界が変わるから!」

「やっぱりそう来たわね!」
「あんたの顔にかいてあったわ!」
「私は変えたくないの!」
「お互い、今後もゴーイングマイウェイで行きましょう!」
「ごきげんよう、さようなら!」

「逃がさないわよ!」
「見られたからには」
「美月も道連れよ!」

「私はなんの道連れにされるのよ!?」
「追いかけてこないでーーー!」

翌週から

学校での二人の過ごし方は

ガラッと変わった

「真帆、購買行こうよ」

「行く行く!」

真帆は嬉しそうに立ち上がる

昼休みには

二人で机をくっつけてお弁当を食べた

真帆が乗る電車に間に合うように

二人で駅まで小走りしながら

おしゃべりした

アニメの話をして

漫画の話をして

時にはくだらないことで言い争って

またすぐに笑った

それまでの美月は

誰と話していても

どこか整った笑顔を浮かべていた

けれど

真帆といる時は違った

クラスにいる時も

周りを気にせず

二人で大きな声で笑う

眉を吊り上げて怒る

くだらないことで頬を膨らませる

周囲の生徒たちは

そんな美月を困惑した目で見ていた

「相沢さんって」
「あんな感じだったっけ?」

「もっと大人しい子かと思ってた」

「佐伯さんと仲良くなってから」
「変わったよね」

最初、そんな声を聞くたび

真帆は少しだけ嬉しかった

私には

美月が素の顔を見せてくれる

そう思うと

胸の奥が温かくなった

だけど

しばらくすると

違う声が聞こえるようになった

「相沢さんって」
「最近ずっと佐伯さんといるよね」
「大丈夫なのかな」

「なんか」
「相沢さんに話しかけづらくなったかも」

真帆の足が止まった

廊下の角から

女子たちの話し声が聞こえてくる

「佐伯さんって怖いし」
「相沢さんも最近」
「そっち側って感じするよね」

「佐伯さんに悪い友達紹介されて」
「一緒に夜遊びしてるらしいよ」

「えー!」
「相沢さん大丈夫なのかな?」

真帆は何も言わず

その場から離れた

放課後

真帆は体育委員の集まりを終えて戻ってきた

教室で美月は

仲のいい数人の女子と一緒にいる

他のクラスメイトも心配そうな顔で周りを囲んでいた

「あのね、美月」
「皆、心配してるの」
「佐伯さんには――」

一人が何かを言いかける

その時

教室へ真帆が入ってきた

教室の空気が一瞬で変わった

美月の周囲から冷たい目線が飛んでくる

美月だけが嬉しそうに手を振る

「あ、真帆」
「委員会、終わった?」

「う、うん」

「じゃ、帰ろう」
「電車に間に合わないよ!」

美月はすぐに鞄を持った

「じゃあ、また明日ね」

周りの女子たちへ手を振り

真帆のところへ来る

二人で教室を出た

真帆はうつむいて黙って歩く

あれって……

「真帆?」

「ん?」

「どうしたの?」

「別に……」

「ほんと?」

「ほんと」

美月は少し首を傾げた

真帆は美月と別れ

電車に乗った

走り出した車内で

窓の外をぼんやりと見つめる

私のせいだ……

私といるせいで……

美月まで……

その翌日から

真帆は少しずつ

美月と過ごす時間を減らした

「真帆」
「お昼食べよ」

「あー、ごめん」
「今日はちょっと予定がある」

「予定?」

「うん」
「先に約束しちゃって」
「ごめんね」

次の日

「一緒に帰ろ」

「今日は先帰ってて」

「なんで?」

「寄るところあるから」
「約束しちゃって」

「ふ~ん」

さらに次の日

美月が真帆の机に手をついた

「真帆!」

「な、なに?」

「最近おかしくない?」

「そ、そう?」

「そうよ!」
「明らかに私を避けてるでしょ」

「避けてないって」

「じゃあ何なのよ」

真帆は少し迷った

それから

視線を逸らす

「えっと……」
「実は、彼氏できた」

「は?」

美月が固まった

「彼氏!?」

「うん」

「いつ!?」

「最近」

「誰!?」

「美月の知らない人」

「どこで知り合ったの!?」

「色々あんのよ」

「色々ってなによ!」

真帆は鞄を肩に掛けた

「だからさ」
「そっち優先するから」

「え?」

「悪いね」

「ちょっと!」

真帆はそのまま

教室を出た

これでいい……

美月は私なんかと……

一緒にいちゃだめなんだ……

真帆はそう思った

次の金曜日の放課後

真帆はいつも通り

美月を避けるようにして

一人で学校を出た

小走りで駅へ向かい

電車に乗る

何度か乗り換え

さらにバスへ乗った

長い道のりだった

ようやく最寄りの停留所で降りる

辺りはすっかり暗くなっていた

真帆は鞄を持ち直す

その時だった

「やっと着いたのね……」
「どんだけ遠いのよ」

背後から

聞き覚えのある声がした

真帆の身体が固まる

恐る恐る振り返った

「美月!?」

真帆の後ろには美月が立っていた

むすっとした顔で真帆を見ている

例の大きなリュックを背負っていた

「な、なんで!?」

「なんでって」

美月は髪を耳へ掛ける

「真帆についてきたから」

「は!?」
「なんでついてきたの!?」

「真帆が逃げるからでしょ」

「逃げてない!」

「逃げてるわよ!」

美月がずかずかと近づいてくる

「彼氏ができたからって」
「急に私とお昼も食べなくなるし!」
「一緒に帰らなくなるし!」

「だから彼氏が――」

「うるさい!」
「男と私!」
「どっちが大事なのよ!?」

真帆の肩が跳ねた

美月は真帆を指差す

「あんた!」
「私を道連れにするって言ったじゃない!」

「え?」

「言ったでしょ!」

『見られたからには』
『美月も道連れよ!』

真帆の顔が引きつる

「あのことを言ってるの?」

「そうよ!」

「BLの話じゃん!」

「違うわよ!」

「私とあなたの関係の話でしょ!」
「道連れはあんたもよ!」
「真帆だって私を追っかけてきたじゃない」
「逃げたら私だって追うわ!」
「逃がさないから!」

美月はさらに一歩近づいた

「期待だけさせて逃げるなんて」
「こんなの犯罪よ!」

「何の罪!?」

「友達ほったらかし罪よ!」

「それ、今作ったでしょ!?」

「真帆は有罪よ!」

真帆は頭を抱えた

「もう……」
「なんなのよ……」

美月は真帆と腕を組む

「それで?」
「真帆の家はどっち?」

「は?」

「今日泊まるから」

「はあ!?」

真帆の大声が

静かな田舎道に響いた

「ちょっと待って!」
「何言ってるの!?」

「ママには連絡してあるわよ」

「なんて!?」

「真帆の家に泊まってくるって」

「私に聞いてないじゃん!」

「聞いたら断るでしょ」

「断るよ!」

「だから聞かなかったの」

「無茶苦茶だよ!」

美月は胸を張る

「日曜日には帰るわ」
「着替えも持ってきた」

「二泊!?」

「真帆が見捨てたら」
「私は路頭に迷うわ」
「きっとヤカラに見つかって連れ去られる」
「それでもいいの?」

「いや……」
「アニメじゃないんだから」

美月が大きな鞄を持ち上げる

真帆はしばらく

その姿を見つめた

そして

大きなため息を吐いた

「……知らないからね」

「なにが?」

「うち」
「結構変だから」

「真帆の家でしょ?」
「今更驚かないわよ」

「それどういう意味!?」

二人は言い合いながら

田舎道を歩いていった