不動産王子に求婚されたのでオタクにしてやりました

仕事を終えた美月は

真帆と一緒に会社を出た

「終わった~」
「今週長かったね~」

真帆が大きく伸びをする

その時

美月の携帯が震えた

「ん?」

画面を見ると

怜司からメッセージが届いていた

『来てほしい場所がある』

「怜司君?」

「どうしたの?」

「来てほしい場所があるって」

「へえ~」

続けて

もう一度美月の携帯が震える

今度は達也だった

美月はメッセージを開き

眉を寄せた

『来てほしい場所がある』

「え?」

「今度は誰?」

「達也さん……」
「二人とも」
「一字一句、同じなんだけど……」

真帆が少しだけ目を細める

「へえ~」

「なによ、その顔」

「別に~」

美月は送られてきた場所を確認する

目を丸くした

「ここって……」

「どこ?」

「小学校跡地」
「あの再開発の……」

真帆は一瞬だけ黙った

そして

美月の背中を軽く叩く

「行ってきなよ」

「真帆……」

「腹くくれよ~」
「美月が決めなきゃいけないでしょ」

美月は真帆を見る

それから小さく頷いた

「うん」

「じゃ、またね~」
「頑張れよ~」

真帆はいつもの調子で手を振った

美月はそのまま電車を乗り継ぎ

現地へ向かった

日が落ちるには

まだ少し早い

空は淡い橙色に染まり始めていた

工事の始まっていない敷地は静かだった

正門は開けられていた

「は、入ってもいいのよね……」

入口を抜け、美月は奥へ進んでいく

古い校舎、広い校庭

そして

その向こうに、大きな桜の木が見えた

「いた……」

桜の下に、一人の男が立っている

少し赤みがかった紺色のスーツ

美月に気付いた達也が、大きく手を振った

「よっ、美月さん!」

「達也さん」

美月は小走りで近づいていく

だが、周囲を見回して首を傾げた

「怜司君は?」

「ん?」

「怜司君からも」
「ここに来てってメッセージが届いたのよ」

「ああ」

達也はポケットへ両手を入れたまま笑う

「きっとすぐに会えるよ」

「……どういうこと?」

美月は達也の顔をじっと見る

達也はいつもの笑顔のまま

桜を見上げた

「それより美月さん」
「報告がある」

声が少しだけ変わった

「報告?」

達也は桜を見上げたまま言った

「今日、正式な連絡が来た」

美月の胸が小さく鳴る

達也が振り返った

「この場所の再開発」
「うちがやることになった」

美月が大きく目を見開く

「え……」

達也が笑う

「御堂不動産が選ばれた」

「ほんとに?」

「ああ」

「ほんとの本当に!?」

「本当だって」

美月の顔が一気に明るくなる

「やった!」

両手を胸の前で握る

「よかった!」
「本当によかった!」

達也が吹き出す

「自分のことのように喜ぶじゃん」

「だって! 心配してたんだもん!」

美月は桜を見上げる

「じゃあ、この桜も残るんだよね!?」
「怜司君の計画通りに」

「そういうこと」

美月は満面の笑みを浮かべた

「よかった……」
「本当によかった……」

プレゼンの日

壇上に立っていた怜司の言葉を思い出す

『人の気持ちを知ったから、これまで見えなかった価値を知った』

あの日

美月が心がないと言った男は

今では、自分の言葉で人の心を動かしていた

「怜司君、頑張ったもんね」

「そうだな」

「じゃあ、社長も辞めなくていいんだよね?」

「もちろん」

「そっか……」

美月は胸へ手を当てる

大きく息を吐いた

「よかったあ……」

達也はそんな美月を見ながら、小さく笑った

美月には聞き取れないほど小さく呟く

「ほんと、怜司のこと好きだな」

「え?」

「なんでもねえよ」

「なによ、なにか言ったじゃない」

達也は桜の幹に背中を預けた

「美月さんって可愛いなって言ったんだよ」

「またそういうこと言って誤魔化して」

美月は少し不満そうに頬を膨らませる

「それと、もう一つ」

「まだなにかあるの?」

達也は美月を見る

今度は笑っていない、真剣な表情だった

「俺と怜司で話をした」

美月は達也の顔を見つめる

「何を?」

「美月さんのこと」

「私?」

達也は一度だけ息を吐いた

「俺も怜司も、美月さんが好きだ」

美月の胸が大きく鳴った

「それは……」

「だから決めた」
「どっちが選ばれても恨みっこなし」
「相手を邪魔しない」
「美月さんが選んだ答えに、ちゃんと従う」

達也は少し笑う

「そういう勝負をすることになった」

「勝負って……」

「俺たちは選んでもらう側だ」
「決めるのは……」
「美月さんだ」

美月は何も言えなくなった

達也は桜から背中を離す

そして

美月の前へ立った

「で……俺が先」

「え?」

達也は笑った

「先攻、相馬達也」

美月は一瞬だけ息を止めた

それから

達也をまっすぐ見る

「……うん」

達也は少しだけ笑った

達也は背広の右ポケットへ手を入れた

美月の視線が

その手へ向く

少しの間

達也はポケットの中で何かを握っているように見えた

だが

その手は何も持たずに出てきた

達也は小さく息を吐く

「美月さん」
「俺、美月さんが好きだ」

美月は黙って達也を見る

「最初はさ」
「怜司が十五年前に結婚の約束した女って」
「どんな人なんだろうなって」
「それくらいだった」

達也は美月の顔を見ておどけるように笑う

「んで、会ってみたら」
「すげえ、変な女だった!」

「わ……悪かったわね」

「オタクだし」

「なにが悪いのよ」

「すぐ怒るし」

「怒らせるからでしょ」

「人の顔見てイケメン罪とか言うし」

「あれは……」
「自分を守っていただけ」
「もう、言ってないでしょ」

「俺が先に会ってたらな……」
「まじでそう思うぜ」

達也が笑う

「これ、笑い話だぜ?」
「気づいてくれよ」
「滑った感じになるじゃん」

美月は返す言葉を見つけられず

そっと目を伏せた

達也の笑みが

ゆっくり静かなものに変わる

「そうなんだよな」
「俺はさ」
「美月さんと一緒にいると楽しいんだよ」

美月は目を伏せたまま

何も言えない

その瞳が

ほんの少しだけ潤む

「くだらないことで笑えるし」
「美月さんが困ってたら、助けたいって思う」
「笑ってたら、もっと笑わせたいって思う」
「美月さんの話をもっと聞きたいし」
「俺の話だって、もっと聞いてほしい」

達也は美月から目を逸らさない

「前にも言ったけど」
「俺……」

一度、息を吸う

「おじいちゃんとおばあちゃんになっても」
「今と同じように」
「美月さんと笑ってられる気がしてる」

美月の胸が締めつけられた

達也と一緒にいる未来

何度も想像した

きっと楽しい

くだらないことで笑って

達也にからかわれて

美月が怒って

また二人で笑う

そんな毎日が

簡単に想像できた

達也は背筋を伸ばした

いつもの軽い調子は

もうどこにもなかった

「だから」

達也が美月を見る

「美月さん」
「俺は美月さんと、ずっと一緒にいたい」
「俺が死んじゃうまで」
「俺が守って、俺が笑わせて……」

そこで

達也は一度、言葉を止めた

少しだけ目を伏せる

そして

小さく首を振った

「いや……違う」
「一緒に笑って!」
「一緒に生きて!」
「一緒に幸せになりたい!」
「ずっと、ずっと」
「美月さんの傍にいたい!」
「俺の傍にいて欲しい!」
「だから……」

風が吹いた

「美月さん!」
「俺と結婚してください!」

桜の枝が小さく揺れる