会場が静かになった
美月も息を呑む
そうよね……
そこを聞かれるよね
怜司は少しも迷わなかった
「この桜を残したいと思ったきっかけは」
「私個人の感情です」
美月の目が少し大きくなる
「ですが」
「その感情を理由に」
「弊社を選んでいただきたいとは思っていません」
スクリーンが切り替わる
桜を中心とした広場と
その周囲の住宅や商業施設が映し出された
「弊社を選んでいただきたい理由は」
「この計画が」
「この土地に長く価値を生み続けると考えているからです」
「しかし」
「それは御堂社長の考える価値ですよね?」
「この土地を利用する地域住民にとっても」
「本当に価値があると証明できますか?」
怜司が画面を切り替える
「計画変更後」
「弊社では旧小学校の卒業生と周辺住民を対象に聞き取り調査を行いました」
画面に数字が表示される
「その結果、多くの方がこの桜を覚えていました」
「入学式や卒業式、友人や家族との思い出を語る方もいました」
「そして、この場所に残してほしいという声が多く寄せられました」
「最初に桜へ価値を感じたのは私です」
「ですが、調べてみれば」
「私だけではなかった」
「きっかけが感情だったことを」
「否定するつもりはありません」
「私は、この桜を残したいと思った」
「だから」
画面が再び完成予想図へ変わる
「桜を残したまま成立する事業を作りました」
選考委員が怜司を見る
「建物の配置」
「商業区画」
「住宅」
「人の動線」
「維持管理」
「長期的な資産価値」
「すべてを見直しました」
怜司はまっすぐ前を見る
「以前の私は」
「数字のためなら」
「人の感情を切り捨てていました」
美月の胸が締めつけられる
「誤解しないでください」
「感情のために数字を捨てるつもりはありません」
達也の表情が変わった
「人の気持ちを知ったから」
「数字を捨てるのではない」
「人の気持ちを知ったから」
「これまで見えなかった価値を知ったのです」
「その価値を残し」
「事業として成立させる数字を作る」
「それこそが」
「この場所で暮らす人達の未来を豊かにする」
「それが今の私の仕事です」
美月は思わず口元へ手を当てた
胸の奥が熱くなる
怜司君……
かっこいい……
選考委員はしばらく怜司を見たあと
資料へ視線を落とした
別の委員がマイクを取る
「もう一点よろしいですか」
「はい」
「一本の桜を中心に計画を組み立てていますが」
「木には寿命があります」
「病気や災害によって失われる可能性もある」
「その点については、どのようにお考えですか?」
「当然、その可能性はあります」
怜司は画面を切り替える
既存の桜の周囲に
何本かの若い桜が植えられた完成予想図が映った
「既存の桜については樹木医による診断を行い」
「可能な限り保護します」
「同時に周囲には新しい桜を植えます」
「いつか、この桜が寿命を迎える日は来るでしょう」
「その時は次の木が」
「この場所を受け継ぎます」
選考委員が少し首を傾げる
「では」
「あなたが残したいのは」
「その一本の桜ではないと?」
怜司は少しだけ考えた
「この桜そのものも残したい」
「ですが、それだけではありません」
「本当に残したいのは」
「この場所で」
「人が思い出を作り続けられる環境です」
「桜は、いつかは失われます」
「人も、この街から離れていくことがある」
「だからこそ」
「この場所で生まれた思いを」
「次へ繋いでいくことが大切だと考えています」
選考委員が頷いた
「御堂社長、ありがとうございました」
怜司は一礼する
すると別の選考委員が最後に口を開いた
「御堂社長」
「はい」
「それならば、一度現在の桜を伐採して」
「再開発後に、別の場所に新しい桜を植える方法でもよいのではありませんか?」
怜司はスクリーンを見る
古い小学校
その校庭に立っている大きな桜
「新しい桜を植えることはできます」
「同じ種類の木を用意することもできます」
怜司は前を見る
「ですが」
「同じ時間を用意することはできません」
怜司はスクリーンに映る桜を見る
「以前の私には」
「見えませんでした」
美月の目が大きくなる
「ですが今は」
「この桜の下で過ごしてきた人たちの時間を」
「想像することができます」
会場が静まり返った
「新しく植えた木も」
「いつかこの街の歴史になります」
「それは素晴らしいことです」
「ですが今」
「すでにここに積み重なっている時間を」
「わざわざゼロに戻す必要はない」
「今の私は」
「そう感じています」
怜司はもう一度
完成予想図を表示する
大きな桜の下
子供たちが遊んでいる
ベンチに座る人
カフェで話す人
住宅へ帰っていく家族
「新しいものを造るために」
「古いものをすべて捨てる必要はありません」
「街づくりは」
「建物を造ることだけではない」
「そこで暮らしてきた人たちの思いを」
「次へ繋いでいくことでもある」
美月は怜司から目を離せなくなっていた
「人が暮らせば」
「思い出が生まれる」
「その思い出が積み重なって」
「街になっているのです」
怜司は桜を見る
「ならば」
「すでにそこにある思い出から始めればいい」
怜司は選考委員たちへ向き直った
「私たちは」
「過去を消して」
「新しい街を造りたくない」
「この場所に積み重なってきた」
「皆の時間を」
「次の世代へ繋ぎます」
少し間を置く
「壊して造るのではなく」
「繋いで造る」
「それが」
「御堂不動産の提案です」
怜司は深く頭を下げた
「ご清聴、ありがとうございました」
美月は気付いた時には手を叩いていた
何度も何度も
一生懸命に拍手する
会場のあちこちから拍手が聞こえ始め
その音は次第に大きく広がっていった
美月は怜司を見ながら涙を流して笑う
「御堂怜司……」
「推せるわ……」
達也は、そんな美月の横顔を見た
美月さん、こんな顔するのかよ……
達也は小さく頭を掻いた
「参ったな……」
壇上から降りようとした怜司が
美月の方を見る
目が合った
美月は胸の前で小さく親指を立てる
怜司は一瞬だけ美月を見つめたあと
同じように胸の前で小さく親指を立てた
それを見て美月が満面の笑みを浮かべる
よかった……
本当によかった
まだ結果は出ていない
怜司君が社長を続けられるのかも分からない
それでも
少なくとも美月には分かった
再会したあの日
美月が心がないと言った男は
もうどこにもいなかった
そして今の御堂怜司は
美月が胸を張って推せる
最高の1推しになった
美月も息を呑む
そうよね……
そこを聞かれるよね
怜司は少しも迷わなかった
「この桜を残したいと思ったきっかけは」
「私個人の感情です」
美月の目が少し大きくなる
「ですが」
「その感情を理由に」
「弊社を選んでいただきたいとは思っていません」
スクリーンが切り替わる
桜を中心とした広場と
その周囲の住宅や商業施設が映し出された
「弊社を選んでいただきたい理由は」
「この計画が」
「この土地に長く価値を生み続けると考えているからです」
「しかし」
「それは御堂社長の考える価値ですよね?」
「この土地を利用する地域住民にとっても」
「本当に価値があると証明できますか?」
怜司が画面を切り替える
「計画変更後」
「弊社では旧小学校の卒業生と周辺住民を対象に聞き取り調査を行いました」
画面に数字が表示される
「その結果、多くの方がこの桜を覚えていました」
「入学式や卒業式、友人や家族との思い出を語る方もいました」
「そして、この場所に残してほしいという声が多く寄せられました」
「最初に桜へ価値を感じたのは私です」
「ですが、調べてみれば」
「私だけではなかった」
「きっかけが感情だったことを」
「否定するつもりはありません」
「私は、この桜を残したいと思った」
「だから」
画面が再び完成予想図へ変わる
「桜を残したまま成立する事業を作りました」
選考委員が怜司を見る
「建物の配置」
「商業区画」
「住宅」
「人の動線」
「維持管理」
「長期的な資産価値」
「すべてを見直しました」
怜司はまっすぐ前を見る
「以前の私は」
「数字のためなら」
「人の感情を切り捨てていました」
美月の胸が締めつけられる
「誤解しないでください」
「感情のために数字を捨てるつもりはありません」
達也の表情が変わった
「人の気持ちを知ったから」
「数字を捨てるのではない」
「人の気持ちを知ったから」
「これまで見えなかった価値を知ったのです」
「その価値を残し」
「事業として成立させる数字を作る」
「それこそが」
「この場所で暮らす人達の未来を豊かにする」
「それが今の私の仕事です」
美月は思わず口元へ手を当てた
胸の奥が熱くなる
怜司君……
かっこいい……
選考委員はしばらく怜司を見たあと
資料へ視線を落とした
別の委員がマイクを取る
「もう一点よろしいですか」
「はい」
「一本の桜を中心に計画を組み立てていますが」
「木には寿命があります」
「病気や災害によって失われる可能性もある」
「その点については、どのようにお考えですか?」
「当然、その可能性はあります」
怜司は画面を切り替える
既存の桜の周囲に
何本かの若い桜が植えられた完成予想図が映った
「既存の桜については樹木医による診断を行い」
「可能な限り保護します」
「同時に周囲には新しい桜を植えます」
「いつか、この桜が寿命を迎える日は来るでしょう」
「その時は次の木が」
「この場所を受け継ぎます」
選考委員が少し首を傾げる
「では」
「あなたが残したいのは」
「その一本の桜ではないと?」
怜司は少しだけ考えた
「この桜そのものも残したい」
「ですが、それだけではありません」
「本当に残したいのは」
「この場所で」
「人が思い出を作り続けられる環境です」
「桜は、いつかは失われます」
「人も、この街から離れていくことがある」
「だからこそ」
「この場所で生まれた思いを」
「次へ繋いでいくことが大切だと考えています」
選考委員が頷いた
「御堂社長、ありがとうございました」
怜司は一礼する
すると別の選考委員が最後に口を開いた
「御堂社長」
「はい」
「それならば、一度現在の桜を伐採して」
「再開発後に、別の場所に新しい桜を植える方法でもよいのではありませんか?」
怜司はスクリーンを見る
古い小学校
その校庭に立っている大きな桜
「新しい桜を植えることはできます」
「同じ種類の木を用意することもできます」
怜司は前を見る
「ですが」
「同じ時間を用意することはできません」
怜司はスクリーンに映る桜を見る
「以前の私には」
「見えませんでした」
美月の目が大きくなる
「ですが今は」
「この桜の下で過ごしてきた人たちの時間を」
「想像することができます」
会場が静まり返った
「新しく植えた木も」
「いつかこの街の歴史になります」
「それは素晴らしいことです」
「ですが今」
「すでにここに積み重なっている時間を」
「わざわざゼロに戻す必要はない」
「今の私は」
「そう感じています」
怜司はもう一度
完成予想図を表示する
大きな桜の下
子供たちが遊んでいる
ベンチに座る人
カフェで話す人
住宅へ帰っていく家族
「新しいものを造るために」
「古いものをすべて捨てる必要はありません」
「街づくりは」
「建物を造ることだけではない」
「そこで暮らしてきた人たちの思いを」
「次へ繋いでいくことでもある」
美月は怜司から目を離せなくなっていた
「人が暮らせば」
「思い出が生まれる」
「その思い出が積み重なって」
「街になっているのです」
怜司は桜を見る
「ならば」
「すでにそこにある思い出から始めればいい」
怜司は選考委員たちへ向き直った
「私たちは」
「過去を消して」
「新しい街を造りたくない」
「この場所に積み重なってきた」
「皆の時間を」
「次の世代へ繋ぎます」
少し間を置く
「壊して造るのではなく」
「繋いで造る」
「それが」
「御堂不動産の提案です」
怜司は深く頭を下げた
「ご清聴、ありがとうございました」
美月は気付いた時には手を叩いていた
何度も何度も
一生懸命に拍手する
会場のあちこちから拍手が聞こえ始め
その音は次第に大きく広がっていった
美月は怜司を見ながら涙を流して笑う
「御堂怜司……」
「推せるわ……」
達也は、そんな美月の横顔を見た
美月さん、こんな顔するのかよ……
達也は小さく頭を掻いた
「参ったな……」
壇上から降りようとした怜司が
美月の方を見る
目が合った
美月は胸の前で小さく親指を立てる
怜司は一瞬だけ美月を見つめたあと
同じように胸の前で小さく親指を立てた
それを見て美月が満面の笑みを浮かべる
よかった……
本当によかった
まだ結果は出ていない
怜司君が社長を続けられるのかも分からない
それでも
少なくとも美月には分かった
再会したあの日
美月が心がないと言った男は
もうどこにもいなかった
そして今の御堂怜司は
美月が胸を張って推せる
最高の1推しになった
