不動産王子に求婚されたのでオタクにしてやりました

最終プレゼンの日がやってきた

美月は大きな会議場の後方に用意された関係者席に座っていた

正面には大きなスクリーンとプレゼン用の壇上がある

周囲にはスーツ姿の人ばかりが並んでいた

美月は膝の上で両手をぎゅっと握る

「なんか……私が緊張してきた」

隣に座った達也が笑う

「なんで美月さんが緊張してんだよ」

「だって怜司君」
「このプレゼンで勝たないと社長じゃなくなっちゃうんでしょ?」

「まあな」

「達也さん、なんでそんな平気そうなのよ」

「平気じゃねえよ」

達也は壇上の脇を見る

そこには黒いスーツ姿の怜司が立っていた

いつもと変わらない表情

緊張しているようにはまったく見えない

「でもよ」
「あいつが負ける気ねえって言ってんだから」
「俺がビビっててもしょうがねえだろ」

美月も怜司を見る

キャンプ場で見せた大きな笑顔を思い出す

『達也』
『ビビってるのか?』

美月は小さく息を吐いた

「そうね」
「私がビビっちゃだめだよね!」

やがて会場に御堂不動産の名前が呼ばれる

怜司が壇上へ向かった

美月の背筋が自然と伸びる

怜司は壇上の中央へ立ち、選考委員たちへ一礼した

「御堂不動産代表取締役、御堂怜司です」
「よろしくお願いします」

スクリーンに再開発後の完成予想図が映し出された

中央には大きな桜の木

その周囲を囲むように住宅や商業施設が配置されている

怜司は正面を見る

「最初に申し上げます」

画面が切り替わった

「弊社の提案は、当初計画より短期的な収益性が下がっています」

会場が少しざわついた

美月の眉が上がる

「いきなりそこ言っちゃうの!?」

達也は腕を組んだまま小さく笑う

「怜司らしいな」
「喧嘩するなら、真っ向勝負ってやつだ」

スクリーンに一本の桜が映し出された

「理由は、この桜の木を残したためです」

怜司は桜の写真を見る

「なぜ残すのか」

少し間を置く

「残したいと思ったからです」

美月の胸が小さく鳴った

会場が再びざわつく

怜司は構わず続ける

「ただし」
「残したいという感情だけで、再開発の提案をする気はありません」

画面が切り替わった

桜を中心とした広場の完成予想図

その周囲にはカフェや飲食店

住宅棟

商業施設

人が歩く広い通路が配置されている

「弊社は、この桜を邪魔なものとして避けるのではなく」
「桜を中心に街を造ります」

怜司がスクリーンを指す

「桜の周囲を広場として地域へ開放します」
「住宅の居住者だけではありません」
「近隣住民」
「商業施設を訪れる人」
「かつてこの学校に通っていた人」
「誰でも利用できる場所にします」

次の画面には桜の広場を囲む店舗が映る

「広場に面した区画には飲食店を中心に配置します」
「商業区画から桜の広場へ、自然に人が流れる動線を作る」
「買い物をして終わる場所ではなく」
「人が立ち寄り、滞在する場所にします」
「地域のイベントにも利用できます」

さらに画面が切り替わる

旧小学校の写真

校名板

古い時計

「旧校舎そのものを残すことはできません」
「ですが、校名板や時計、一部の建材を保存します」
「この場所に小学校があったことまで消す必要はないと考えました」

美月は黙って怜司を見つめていた

なんか……

怜司君らしくない

でも……

今の怜司君らしい

美月は胸の前で手を強く握ったまま

呟くように繰り返す

「頑張れ……」
「頑張れ……」
「頑張れ……」

これだ……

これが……

私の本当に素直な気持ちだったんだ

怜司は続ける

「もちろん」
「これは慈善事業ではありません」

達也が口元を緩める

「そこはちゃんと怜司だな」

スクリーンには数字と図表が表示される

「桜を残すことで、建築可能な床面積は減少します」
「短期的な利益も当初案には及びません」
「ですが、事業として必要な利益は確保します」
「広場を中心とした商業区画」
「住宅の付加価値」
「地域利用による継続的な来街者」
「短期的な利益を最大化するのではなく」
「長く価値を維持できる街を造ります」

画面に新しい住宅棟が映し出された

窓の向こうに桜が見える

「新築という価値は、やがて失われます」
「建物は古くなる」
「設備も古くなる」
「ですが」

画面が桜へ戻る

「この場所で積み重なる時間は増えていきます」
「10年後」
「20年後」
「今ここにはいない人たちの思い出が、この場所に加わっていく」
「子供も、大人も」
「この場所で、それぞれの思い出を作っていく」
「その中心に、この桜がある」
「それが、過去から未来へ続いていく、街の形です」

美月は胸の前でそっと手を握った

心……

あの時

私は怜司君に心がないって言った

でも……今は……

怜司は選考委員たちを見る

「弊社の計画は、最大の利益を生む計画ではありません」
「ですが」
「十分な利益を生みながら」
「この場所にしかない最大の価値を残す計画です」
「この土地の過去を残しながら」
「新しい価値を生み出す」
「その再開発を、弊社に任せていただきたい」

怜司は一礼した

「以上です」

少しの沈黙

選考委員の一人がマイクを手に取った

「御堂社長」
「一つ、よろしいでしょうか」

「はい」

「御社が桜を残したいという考えは理解しました」
「ですが、そのために収益性が下がることも」
「御自身で認めています」

選考委員は怜司をまっすぐ見る

「では」
「収益性を下げてまで桜を残す御社の計画を」
「我々が選ぶべき理由を教えてください」