その時だった
テーブルの上に置かれていた達也の携帯が震えた
達也が画面を見る
笑っていた表情が少し変わった
「悪い」
「ちょっと出るわ」
達也は少し離れた場所へ移動して電話に出る
「はい、相馬です」
美月はウインナーをひっくり返しながら達也を見る
いつもの声とは違う
仕事の時は少し声が低いんだ……
なんかいつもの達也さんじゃないみたい……
しばらくすると達也が電話を切った
そのまま数秒、携帯の画面を見ている
怜司が口を開いた
「どうした?」
達也は怜司を見る
「小学校跡地の再開発」
「最終選考に残ったぜ」
怜司の目が少し動いた
「そうか」
「最終プレゼンの日程も決まった」
「来週の土曜日だ」
「分かった」
美月が二人を交互に見る
「小学校跡地の再開発をするの?」
「ああ」
達也が椅子へ戻る
だが先ほどまでとは違い、表情は硬かった
真帆もその空気を感じ取る
「なんかテンション低くない?」
「最終選考に残ったなら」
「いい知らせなんじゃないの?」
「普通ならそうだな」
達也はビールを開けると
ぐいっと飲んだ
そのまま缶をテーブルへ置く
「今回の計画は」
「社内でかなり揉めてるんだよ」
美月が怜司を見る
「どういうこと?」
怜司は少し黙ってから口を開いた
「俺が計画を変更した」
「怜司君が?」
「変更?」
「あの小学校には」
「大きな桜の木がある」
「桜の木?」
達也が口を挟む
「元々は桜を伐採して」
「土地を最大限利用する計画だったんだよ」
「でも、怜司が木を残す方針を押し通した」
「そのせいで建物の配置を大きく変えた」
「建築できる床面積も減った」
「収益性も下がった」
達也が続ける
「投資してる連中も」
「融資してる銀行もいい顔してねえ」
「大株主からも反対されてる」
「役員会じゃ、怜司を降ろせって声まで出てる」
美月の手が止まった
「え?」
「今回の案件を取っちまえば」
「黙るだろうけどよ」
達也は怜司を見る
「でも取れなかったら……」
「かなりまずい」
「まずいって……?」
「怜司は責任を取らされる」
「社長を降ろされるだろうな」
「えっ!?」
美月が怜司を見る
怜司は何事もなかったように肉を焼いていた
「ちょっと怜司君!」
「なんだ?」
「なんだじゃないわよ……」
「なんでそんなことになってるの!?」
怜司の手が止まった
風に揺れる木々へ目を向ける
「あの桜を見た時に」
「美月が見せてくれた」
「新選組のアニメを思い出した」
「え?」
「あの桜の下で」
「どれだけの人の思い出があるのかを想像した」
美月は怜司を見つめたまま息をのんだ
「入学した子供」
「卒業した子供」
「友人と遊んだ者」
「家族と写真を撮った者」
怜司は静かに続ける
「俺が知らない思い出が」
「あの木には沢山あるんじゃないかと思った」
怜司は美月を見つめた
「そんなことを考えていたら」
「切りたくなくなった」
美月の目が少し大きくなる
「俺は……」
「そう感じられたことが嬉しかった」
「美月に言われた『心』を」
「少しは持てるようになった気がした」
怜司は一度視線を落とす
「だから、譲れなかった」
美月はそっと自分の胸に手を当てる
……心がない
出会ったばかりの頃に
私が怜司君に言った言葉だ
私が言ったことを本気で受け止めてくれていた
それが美月には嬉しかった
でも、その結果として怜司が社長を追われるかもしれない
怜司が続ける
「俺個人の感情で」
「計画の収益性を落としたのは事実だ」
達也を見る
「達也や社員を巻き込んだ」
「数字だけを見れば」
「経営者として正しい判断ではない」
達也が鼻で笑った
「まあそうだよな」
「正しくねえよ」
「達也さん……」
「俺だって言いたかねえんだぜ」
「でも、そうなんだから仕方ねえだろ」
達也は焼けた肉をひっくり返す
「前の怜司なら」
「今出てるライバルの提案からして」
「ほぼ、取れてた案件だからな」
「うちの強みはゴリゴリの合理主義」
「他より強い数字出して」
「明確な根拠を並べて押し切る」
達也は怜司を見る
「昔のお前ならそうした」
「ああ」
「今回の最終選考」
「多分、負けるぞ」
「ああ」
「銀行も株主も敵」
「社内でもお前を降ろしたがってる奴がいる」
「ああ」
「それでもやるのか?」
「元に戻すだけでいいんだぞ?」
怜司は迷わなかった
「やる」
達也が少し笑った
「いいね」
そして缶を持ち上げる
「じゃあ俺も付き合うわ」
怜司が達也を見る
「達也」
「俺だって創業組で株主」
「そして役員だ」
「この計画にも最初から関わってる」
達也は肩をすくめる
「お前一人の責任にするつもりはねえよ」
怜司の目が鋭くなる
「これは俺が決めたことだ」
「達也は付き合わされただけだろう」
「知るかよ」
達也は肉を一枚口へ放り込む
「俺は付き合いたくて付き合ったんだ」
少し間を置く
「負けてお前が降ろされるなら」
「俺も一緒に辞めてやるよ」
美月が達也を見る
「そんな……」
怜司だけは表情を変えなかった
「達也」
「いったいなんの話をしている」
達也の動きが止まった
「……は?」
「ひょっとして」
「負けた時のことでも考えているのか?」
怜司の言葉が少し強くなった
「俺は負けるつもりはない」
「最終選考に残ったんだろう?」
「なら、まだ勝負は終わっていない」
「怜司だって分かってんだろ」
「条件だけ見りゃ」
「こっちが不利だぜ」
怜司は達也をまっすぐ見た
達也がわずかに怯む
「なんだよ……」
怜司が嬉しそうに笑った
いつもの小さな笑顔ではない
歯が見えるほど、大きく笑う
「達也」
「ビビってるのか?」
達也の眉がぴくりと動いた
美月と真帆が目を丸くして怜司の顔を見る
数秒の沈黙のあと
達也も大きく笑った
「はっ!」
「怜司がそれを言うかよ!?」
「お前に教わったからな」
「これを言われると」
「やる気が出るんだ」
「上等だ!」
達也は勢いよく立ち上がる
「取ってやろうじゃねえか!」
「この再開発!」
怜司も立ち上がる
「当然だ」
「俺は負け犬にはならん」
「怜司」
「お前、俺に言われたこと」
「根に持ってんだろ?」
「達也」
「いつかお前がビビったら」
「今度は俺が殴り倒してやる」
「その日がくるまで」
「俺といろ」
「殴り返すまでは逃がさねえってか?」
「俺がビビるなんて日は」
「二度と来ねえよ」
怜司は達也へ
右手を差し出した
「お前なら……」
「任せられる」
「俺の期待に応えられなかったら」
「殴るぞ」
達也は差し出された手を見る
「判断が早いのは怜司の長所だけどよ」
「勇み足は禁物だぜ」
「また俺に殴らせるなよ」
「遠慮なんてものは」
「俺達にはいらない」
「そうだろ?」
「怜司」
「そうだ」
「達也」
達也は少し笑って
怜司の手を握る
二人は固く
握手を交わした
テーブルの上に置かれていた達也の携帯が震えた
達也が画面を見る
笑っていた表情が少し変わった
「悪い」
「ちょっと出るわ」
達也は少し離れた場所へ移動して電話に出る
「はい、相馬です」
美月はウインナーをひっくり返しながら達也を見る
いつもの声とは違う
仕事の時は少し声が低いんだ……
なんかいつもの達也さんじゃないみたい……
しばらくすると達也が電話を切った
そのまま数秒、携帯の画面を見ている
怜司が口を開いた
「どうした?」
達也は怜司を見る
「小学校跡地の再開発」
「最終選考に残ったぜ」
怜司の目が少し動いた
「そうか」
「最終プレゼンの日程も決まった」
「来週の土曜日だ」
「分かった」
美月が二人を交互に見る
「小学校跡地の再開発をするの?」
「ああ」
達也が椅子へ戻る
だが先ほどまでとは違い、表情は硬かった
真帆もその空気を感じ取る
「なんかテンション低くない?」
「最終選考に残ったなら」
「いい知らせなんじゃないの?」
「普通ならそうだな」
達也はビールを開けると
ぐいっと飲んだ
そのまま缶をテーブルへ置く
「今回の計画は」
「社内でかなり揉めてるんだよ」
美月が怜司を見る
「どういうこと?」
怜司は少し黙ってから口を開いた
「俺が計画を変更した」
「怜司君が?」
「変更?」
「あの小学校には」
「大きな桜の木がある」
「桜の木?」
達也が口を挟む
「元々は桜を伐採して」
「土地を最大限利用する計画だったんだよ」
「でも、怜司が木を残す方針を押し通した」
「そのせいで建物の配置を大きく変えた」
「建築できる床面積も減った」
「収益性も下がった」
達也が続ける
「投資してる連中も」
「融資してる銀行もいい顔してねえ」
「大株主からも反対されてる」
「役員会じゃ、怜司を降ろせって声まで出てる」
美月の手が止まった
「え?」
「今回の案件を取っちまえば」
「黙るだろうけどよ」
達也は怜司を見る
「でも取れなかったら……」
「かなりまずい」
「まずいって……?」
「怜司は責任を取らされる」
「社長を降ろされるだろうな」
「えっ!?」
美月が怜司を見る
怜司は何事もなかったように肉を焼いていた
「ちょっと怜司君!」
「なんだ?」
「なんだじゃないわよ……」
「なんでそんなことになってるの!?」
怜司の手が止まった
風に揺れる木々へ目を向ける
「あの桜を見た時に」
「美月が見せてくれた」
「新選組のアニメを思い出した」
「え?」
「あの桜の下で」
「どれだけの人の思い出があるのかを想像した」
美月は怜司を見つめたまま息をのんだ
「入学した子供」
「卒業した子供」
「友人と遊んだ者」
「家族と写真を撮った者」
怜司は静かに続ける
「俺が知らない思い出が」
「あの木には沢山あるんじゃないかと思った」
怜司は美月を見つめた
「そんなことを考えていたら」
「切りたくなくなった」
美月の目が少し大きくなる
「俺は……」
「そう感じられたことが嬉しかった」
「美月に言われた『心』を」
「少しは持てるようになった気がした」
怜司は一度視線を落とす
「だから、譲れなかった」
美月はそっと自分の胸に手を当てる
……心がない
出会ったばかりの頃に
私が怜司君に言った言葉だ
私が言ったことを本気で受け止めてくれていた
それが美月には嬉しかった
でも、その結果として怜司が社長を追われるかもしれない
怜司が続ける
「俺個人の感情で」
「計画の収益性を落としたのは事実だ」
達也を見る
「達也や社員を巻き込んだ」
「数字だけを見れば」
「経営者として正しい判断ではない」
達也が鼻で笑った
「まあそうだよな」
「正しくねえよ」
「達也さん……」
「俺だって言いたかねえんだぜ」
「でも、そうなんだから仕方ねえだろ」
達也は焼けた肉をひっくり返す
「前の怜司なら」
「今出てるライバルの提案からして」
「ほぼ、取れてた案件だからな」
「うちの強みはゴリゴリの合理主義」
「他より強い数字出して」
「明確な根拠を並べて押し切る」
達也は怜司を見る
「昔のお前ならそうした」
「ああ」
「今回の最終選考」
「多分、負けるぞ」
「ああ」
「銀行も株主も敵」
「社内でもお前を降ろしたがってる奴がいる」
「ああ」
「それでもやるのか?」
「元に戻すだけでいいんだぞ?」
怜司は迷わなかった
「やる」
達也が少し笑った
「いいね」
そして缶を持ち上げる
「じゃあ俺も付き合うわ」
怜司が達也を見る
「達也」
「俺だって創業組で株主」
「そして役員だ」
「この計画にも最初から関わってる」
達也は肩をすくめる
「お前一人の責任にするつもりはねえよ」
怜司の目が鋭くなる
「これは俺が決めたことだ」
「達也は付き合わされただけだろう」
「知るかよ」
達也は肉を一枚口へ放り込む
「俺は付き合いたくて付き合ったんだ」
少し間を置く
「負けてお前が降ろされるなら」
「俺も一緒に辞めてやるよ」
美月が達也を見る
「そんな……」
怜司だけは表情を変えなかった
「達也」
「いったいなんの話をしている」
達也の動きが止まった
「……は?」
「ひょっとして」
「負けた時のことでも考えているのか?」
怜司の言葉が少し強くなった
「俺は負けるつもりはない」
「最終選考に残ったんだろう?」
「なら、まだ勝負は終わっていない」
「怜司だって分かってんだろ」
「条件だけ見りゃ」
「こっちが不利だぜ」
怜司は達也をまっすぐ見た
達也がわずかに怯む
「なんだよ……」
怜司が嬉しそうに笑った
いつもの小さな笑顔ではない
歯が見えるほど、大きく笑う
「達也」
「ビビってるのか?」
達也の眉がぴくりと動いた
美月と真帆が目を丸くして怜司の顔を見る
数秒の沈黙のあと
達也も大きく笑った
「はっ!」
「怜司がそれを言うかよ!?」
「お前に教わったからな」
「これを言われると」
「やる気が出るんだ」
「上等だ!」
達也は勢いよく立ち上がる
「取ってやろうじゃねえか!」
「この再開発!」
怜司も立ち上がる
「当然だ」
「俺は負け犬にはならん」
「怜司」
「お前、俺に言われたこと」
「根に持ってんだろ?」
「達也」
「いつかお前がビビったら」
「今度は俺が殴り倒してやる」
「その日がくるまで」
「俺といろ」
「殴り返すまでは逃がさねえってか?」
「俺がビビるなんて日は」
「二度と来ねえよ」
怜司は達也へ
右手を差し出した
「お前なら……」
「任せられる」
「俺の期待に応えられなかったら」
「殴るぞ」
達也は差し出された手を見る
「判断が早いのは怜司の長所だけどよ」
「勇み足は禁物だぜ」
「また俺に殴らせるなよ」
「遠慮なんてものは」
「俺達にはいらない」
「そうだろ?」
「怜司」
「そうだ」
「達也」
達也は少し笑って
怜司の手を握る
二人は固く
握手を交わした
